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しらたきじんじゃ

白瀧神社
群馬県 運動公園駅

白瀧神社について

桐生に織物を伝えたという白滝姫を祀る神社

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断捨離
断捨離
2023年08月05日(土) 21時18分09秒
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織物、紡績の神、天八千々姫命に、白瀧姫の霊を合祀した神社です。
白瀧姫とは、、「横萩右大臣豊成公の二女で京都で生まれ、官女として奉仕していた。そこで、郡役として御所に来ていた仁田山(現桐生市)の住人、山田舎人と出会う。
身分違いの二人であったが、舎人の和歌の素養が認められ帝に結婚を許され、故郷の仁田山に帰ってきた。
白瀧姫は宮中で覚えた養蚕、製糸、製織の技術を里人に教えて村は栄え、土地の産業としての基礎となった」と言う、地元の産業を栄えさせた、張本人であるそうです。知らなかったです!

白瀧神社(群馬県)

右奥に駐車場がありますが、枝が落ちてくる可能性があるため、回り込んで、ゲートボール場に停めるようにとの貼り紙がありました。

白瀧神社(群馬県)

木漏れ日の参道です。

白瀧神社(群馬県)

右に曲がって階段があります。

白瀧神社(群馬県)

野見宿禰命、、お相撲さん?

白瀧神社の自然

左に機音の大岩があります。そこからクネっとした枝が延びてきていました。

白瀧神社の鳥居

ニノ鳥居

白瀧神社(群馬県)

手水舎

白瀧神社(群馬県)

手水舎の天井は龍が描かれています。

白瀧神社(群馬県)

機音の大岩
降臨石と言われる大岩は耳をあてると機音が聞こえたが、不心得者が雪駄で岩に上がったため、機音が聞こえなくなったとの言い伝えがあります。

白瀧神社(群馬県)
白瀧神社(群馬県)

拝殿
お賽銭箱に糸を紡ぐ用具が描かれてますね。

白瀧神社(群馬県)
白瀧神社(群馬県)

おみくじ入れも糸を紡ぐ用具(名前がわからん)

白瀧神社のその他建物
白瀧神社の御朱印

拝殿前に書き置きの御朱印があります。紙の違った御朱印が各種あります。

白瀧神社(群馬県)

拝殿横を抜けると、八坂(神與宮)があります。

白瀧神社(群馬県)

八坂さんの横、山際に樹齢300年の天然記念物、巨大ケヤキがあります。

白瀧神社(群馬県)
白瀧神社(群馬県)

由緒書き

白瀧神社(群馬県)

こちらは神楽殿

白瀧神社(群馬県)

太々神楽が舎の無形民族文化財です。

白瀧神社(群馬県)

色々なお面がありますね。

白瀧神社(群馬県)
白瀧神社(群馬県)

山と青空が境内から見えました。

白瀧神社(群馬県)

大岩には可愛い植物が生えてます❤️

白瀧神社(群馬県)
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歴史

社伝によると、京から仁田山に嫁いだ白滝姫によって、機神である天八千々姫命を祀った神社が永久年間(1113年-1118年)に創建されたことを起源とする。
仁田山の地に機業と養蚕業を広めた白滝姫は、後に桐生織の祖神として、八千々姫神とともに祀られるようになった。
当初は機神天神と呼ばれたが、明治維新後に白滝姫の名をとって、白滝神社に改められた。
明治40年(1907年)、字柏倉の柏蔵神社、字宮皆戸の赤城神社、字十二の諏訪社の三社とその各境内社を合祀した。
(Wikipediaより)

【白滝姫伝説】
今から1200年前の桓武天皇の時代、上野国山田郡(こうづけのくにやまだごおり)から一人の男が京都に宮仕えに出された。かなわぬ恋としりながら、宮中の白滝姫に恋した男は、天皇の前で見事な和歌の腕前を披露して、白滝姫を桐生に連れて帰ることを認めてもらう。桐生に移った白滝姫は、絹織物の技術を桐生の人々につたえ、その技術が今でも桐生の地で受け継がれているのだという。
この白滝姫が桐生に来た時、桐生市川内の山々を見て「ああ、あれは京で見ていた山に似た山だ」と言ったことから、この地域を『仁田山』といい、特産品となった絹織物を「仁田山織」というようになった。桐生織は、江戸時代前期までは「仁田山織」と言われていた。
姫が亡くなると、天から降ったという岩のそばにうめ、機織神として祀った。すると岩からカランコロンという機をおる音がきこえていたが、あるときゲタをはいて岩にのぼった者がおり、以降鳴らなくなった。この岩は現在の桐生市川内町にある白滝神社の前の神体石であるという。

【降臨石】
神楽殿の手前にある降臨石は、七夕の日に天から降った石であると言われ、東面の穴に耳を当てると石の中から機音が聞こえたが、雪駄を履いて石に上った者があり、その後、機音は止まったと伝わっている。

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白瀧神社の基本情報

住所

群馬県桐生市川内町5丁目3288

行き方

わたらせ渓谷鐵道「運動公園駅」より車で約10分
JR両毛線桐生駅からバス約25分
北関東自動車道・太田藪塚ICより車で30分

アクセスを詳しく見る
名称

白瀧神社

読み方

しらたきじんじゃ

通称

機神様・機神天神

参拝にかかる時間

10分

参拝料

なし

トイレあり
御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号0270-62-9213
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご祭神《主》天八千千姫命・白滝姫命
《合》大穴牟遅神・素盞嗚尊・火産霊命・宇気母智神・大山祇命・木花開耶姫命・倉稲魂命・菅原道真・大雷命・建御名方神・伊弉冉尊・大物主神
創建時代

永久年間(1113年-1118年)

創始者

白滝姫

ご由緒

社伝によると、京から仁田山に嫁いだ白滝姫によって、機神である天八千々姫命を祀った神社が永久年間(1113年-1118年)に創建されたことを起源とする。
仁田山の地に機業と養蚕業を広めた白滝姫は、後に桐生織の祖神として、八千々姫神とともに祀られるようになった。
当初は機神天神と呼ばれたが、明治維新後に白滝姫の名をとって、白滝神社に改められた。
明治40年(1907年)、字柏倉の柏蔵神社、字宮皆戸の赤城神社、字十二の諏訪社の三社とその各境内社を合祀した。
(Wikipediaより)

【白滝姫伝説】
今から1200年前の桓武天皇の時代、上野国山田郡(こうづけのくにやまだごおり)から一人の男が京都に宮仕えに出された。かなわぬ恋としりながら、宮中の白滝姫に恋した男は、天皇の前で見事な和歌の腕前を披露して、白滝姫を桐生に連れて帰ることを認めてもらう。桐生に移った白滝姫は、絹織物の技術を桐生の人々につたえ、その技術が今でも桐生の地で受け継がれているのだという。
この白滝姫が桐生に来た時、桐生市川内の山々を見て「ああ、あれは京で見ていた山に似た山だ」と言ったことから、この地域を『仁田山』といい、特産品となった絹織物を「仁田山織」というようになった。桐生織は、江戸時代前期までは「仁田山織」と言われていた。
姫が亡くなると、天から降ったという岩のそばにうめ、機織神として祀った。すると岩からカランコロンという機をおる音がきこえていたが、あるときゲタをはいて岩にのぼった者がおり、以降鳴らなくなった。この岩は現在の桐生市川内町にある白滝神社の前の神体石であるという。

【降臨石】
神楽殿の手前にある降臨石は、七夕の日に天から降った石であると言われ、東面の穴に耳を当てると石の中から機音が聞こえたが、雪駄を履いて石に上った者があり、その後、機音は止まったと伝わっている。

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