あかぎじんじゃ
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赤城神社ではいただけません
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赤城神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2021年09月13日(月)
参拝:2020年8月吉日
赤城神社(あかぎ~)(大洞:だいどう)は、群馬県前橋市富士見町にある神社。式内論社(名神大)で、上野国二之宮の論社。旧社格は郷社。主祭神は赤城大明神、大国主命(大穴牟遅神)、磐筒男神、磐筒女神、経津主神、豊城入彦命。上毛三山の一つ、赤城山を御神体として祀る神社で、関東を中心に約300社ある赤城神社の本宮と推測されるうちの1社。赤城山の山頂の大沼のほとりにある。
創建は不詳。社伝によると、豊城入彦命が上毛野を支配することになって山と沼を奉斎し、允恭天皇、用明天皇の御代に社殿を創設した。『続日本後紀』には平安時代の839年に「赤城神」の神階奉授の記録があり、『日本三代実録』には神階昇叙の記載がある。また、平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』には「上野国 勢多郡 赤城神社 名神大」と記載されており、赤城神社(三夜沢)、二宮赤城神社とともに、その論社となっている(当社または赤城神社(三夜沢)は山宮で、二宮赤城神社は里宮と推定されている)。その後、3社のいずれかが上野国二之宮になったとされている。
江戸時代直前、厩橋(前橋)城主に入封した酒井重忠が鬼門にあたる当社を篤く信仰し、社殿を改築、2代目酒井忠世は相殿に徳川家康公を祀った。1641年に落雷により社殿が焼失し酒井忠世が新築したが、元来の赤城大明神の山岳信仰と東照大権現の合祀により、将軍家をはじめ諸国大名の信仰を集めた。江戸時代後期の19世紀初頭、赤城神社(三夜沢)との間で「本社」、「本宮」の文言を巡り、寺社奉行を巻き込んで争った。明治時代に入り、郷社に列した。昭和戦後の1970年に現在の小鳥ヶ島に遷座した。
当社は、JR両毛線・前橋駅から北東に道のり30kmの、赤城山の山頂にある大沼の東岸に突き出た小島上にある。大沼は赤城山のカルデラ湖で、湖畔にはホテルや保養所など、リゾート施設が立ち並んでいる。境内はそこそこ広いが、古木が並ぶエリアは限定的。多くは砂地になっている。現社殿は築50年程度なので、まだまだ新しい感じ。御朱印本・雑誌への掲載に積極的であるほか、お洒落で可愛らしい授与品で人気が高い(特に十二単姿の赤城神を描いた御朱印帳は有名)。赤城山観光の中心地になっている印象。
今回は、上野国の式内論社ということで参拝することに。参拝時は週末の午前中早めの時間、大沼まわりは家族連れ、ランニングの団体、自転車・バイクのグループ、クルマ愛好会などレジャーの人々でいっぱいで、当社にも多くの参拝者が来ていた。朝早めの時間で渋滞知らずで到着(9:30ごろ)したが、1時間後の帰り道は反対車線が大渋滞でびっくりした。(山頂までのワインディングは、クルマ好き、バイク好き、チャリンコ好きには堪らないコース。もし渋滞したら台無し...汗)
創建は不詳。社伝によると、豊城入彦命が上毛野を支配することになって山と沼を奉斎し、允恭天皇、用明天皇の御代に社殿を創設した。『続日本後紀』には平安時代の839年に「赤城神」の神階奉授の記録があり、『日本三代実録』には神階昇叙の記載がある。また、平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』には「上野国 勢多郡 赤城神社 名神大」と記載されており、赤城神社(三夜沢)、二宮赤城神社とともに、その論社となっている(当社または赤城神社(三夜沢)は山宮で、二宮赤城神社は里宮と推定されている)。その後、3社のいずれかが上野国二之宮になったとされている。
江戸時代直前、厩橋(前橋)城主に入封した酒井重忠が鬼門にあたる当社を篤く信仰し、社殿を改築、2代目酒井忠世は相殿に徳川家康公を祀った。1641年に落雷により社殿が焼失し酒井忠世が新築したが、元来の赤城大明神の山岳信仰と東照大権現の合祀により、将軍家をはじめ諸国大名の信仰を集めた。江戸時代後期の19世紀初頭、赤城神社(三夜沢)との間で「本社」、「本宮」の文言を巡り、寺社奉行を巻き込んで争った。明治時代に入り、郷社に列した。昭和戦後の1970年に現在の小鳥ヶ島に遷座した。
当社は、JR両毛線・前橋駅から北東に道のり30kmの、赤城山の山頂にある大沼の東岸に突き出た小島上にある。大沼は赤城山のカルデラ湖で、湖畔にはホテルや保養所など、リゾート施設が立ち並んでいる。境内はそこそこ広いが、古木が並ぶエリアは限定的。多くは砂地になっている。現社殿は築50年程度なので、まだまだ新しい感じ。御朱印本・雑誌への掲載に積極的であるほか、お洒落で可愛らしい授与品で人気が高い(特に十二単姿の赤城神を描いた御朱印帳は有名)。赤城山観光の中心地になっている印象。
今回は、上野国の式内論社ということで参拝することに。参拝時は週末の午前中早めの時間、大沼まわりは家族連れ、ランニングの団体、自転車・バイクのグループ、クルマ愛好会などレジャーの人々でいっぱいで、当社にも多くの参拝者が来ていた。朝早めの時間で渋滞知らずで到着(9:30ごろ)したが、1時間後の帰り道は反対車線が大渋滞でびっくりした。(山頂までのワインディングは、クルマ好き、バイク好き、チャリンコ好きには堪らないコース。もし渋滞したら台無し...汗)
駐車場近くの陸続きの境内入口。門柱には<赤城神社参道>と書いてある。
遠くには<神橋>が見える。
参道を歩いていると、立派な社殿が見えるこちらに到着。
拝殿に向かって左手にある<手水舎>。
<拝殿>全景。大きく立派。両サイドの狛犬は、サイズ大きめで、新しいもの。
<拝殿>正面。割と小さい扁額には<赤城大明神>と書いてある。
拝殿の左手にある<授与所>の入口。たくさんの授与品がある。十二単の平安美女を描いた御朱印帳が有名。御朱印はこちら。
拝殿後ろの<本殿>。拝殿に比して小さ目。
<社殿>全景。ビビッドな朱色が印象に残る。
拝殿の左側の林。境内社はなく、石碑がいくつか立っているのみ。
境内から見た<大沼>。当社は大沼の東岸にある。
南側に進んで、社殿からちょっと離れて見る。境内の木々の高さはだいたいこのくらい。1970年に遷座して来たので古大木は見当たらない。
さらに湖岸に沿って南下すると、赤い燈籠が並ぶ。参道みたい?
やがて湖岸南端に近づくと<鳥居>が。実はこっちが正しい参道だったらしい...(^_^;)
鳥居に繋がる<神橋>。かつてはここを通って参拝したのかな? 自分の参拝時点では通行不可...
※2020年8月30日現在
※2020年8月30日現在
先週、妙義神社でもらった「上毛三山スタンプラリー」の台紙は、昨日の榛名神社と当社参拝でコンプリート~♪ (^▽^)/
興味が湧くと、せっかちな性分で、ついつい急いで廻ってしまった...(^_^;)
興味が湧くと、せっかちな性分で、ついつい急いで廻ってしまった...(^_^;)
すてき
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惣一郎1269投稿
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