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宝勝寺ではいただけません
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ほうしょうじ|真言宗豊山派高尾山 落合山

宝勝寺
群馬県 新町駅

御朱印について御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
パーキング
駐車場
あり

お寺周辺にまばらにあり

その他の巡礼の情報

南毛多野藤岡三十三観音霊場 三十四番

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くし
くし
2023年05月11日(木)
1450投稿

専福寺、浄泉寺が住職不在でしたが、どちらもそれほど遠くに出掛けたワケではないようなので少し時間をずらして再訪しようと思い、少し離れたこちらのお寺に行ってみました。
また大きい町ではないので、ここに行けば新町のお寺が全制覇できると考えまして (後で調べたらもう一つ龍光寺というのがあった orz)

実はここもまさかの住職不在だった!?Σ(Д゚;/)/
・・・於菊さんにヤンデレ要素まで出てきてちょっと怖くなってきたよw (・∀・|||)

しかしここでちょっと風向きが変わり、庫裏で聞いたところ不在といっても外出でなくどうも墓地の草刈り中らしい・・・
なんと奥様がわざわざ杖をついて呼びに行ってくれました!(;゚д゚) ホント恐縮ですm(>_<)m
御住職もとても良い方で、すぐに来て御朱印を書いてくれて暖かいお言葉を掛けてくださり・・・(つД`)

この住職御夫妻に触れたお陰で自分もある種の悟りが開けたようで、なにか1000件目を特別な寺社で迎えようとか拘るのがバカらしくなり、御朱印対象の馬頭観音堂に向かう途中に偶然見つけたつまんねーお堂で1000件達成しちゃうことにしましたw

宝勝寺の御朱印

御朱印は南毛三十三観音という、吉井・藤岡を中心に、もう秩父や長野に近い鬼石や上野村の山中にまで広がる観音霊場のもの
ここともう一つ番外札所があり、実際は三十五観音らしい

宝勝寺の御朱印

嬉しいことにお姿札付きでした☆

宝勝寺の建物その他

山門横に仏足石

宝勝寺の山門

山門

宝勝寺(群馬県)

六・・・いや七地蔵と百番巡拝供養塔
埋蔵金の分け前に預かれた人達が建てたという小判供養塔については、この時は話自体知らなかったので探しておらず(^^;

宝勝寺の本殿

中山道の街道沿いに立ってるためか本堂は北東を向いてる

宝勝寺(群馬県)
宝勝寺(群馬県)

本尊は延命地蔵尊
これが受印対象かと思ったら馬頭観音だった

宝勝寺の建物その他

東側に大きな鐘楼門

宝勝寺(群馬県)

本堂がやや北向きに向いてるため、東側に山門より立派な鐘楼門を建てたのかもしれない

宝勝寺(群馬県)

子育てか水子だと思いますが、鐘付きの特別そうなお地蔵さん

宝勝寺(群馬県)

外から見た鐘楼門

宝勝寺(群馬県)

偶然にもお寺の隣が新町八幡宮だった
ここは今日の参拝予定には入れてなかったのですが、これは呼ばれただろうと思ったのと1000件目に対する拘りを捨てたので、ここを999件目の参拝対象とすることに

宝勝寺(群馬県)

御朱印対象の馬頭観音堂は北に300mくらい離れた住宅街の中にあるようなので、徒歩で散策しながら行くことに
途中、弁天様があるらしい公園への標識を見つけ漠然とここを1000件目にしようかと考えましたが、方向が逆だったのでひとまず保留

宝勝寺の周辺

しばらく行くと土手があり、地図を見たらこの向こうに虚空蔵堂があるようなのでここを1000件目にすることに決定

宝勝寺(群馬県)

途中、住宅地の中に入ってく道があり、どうやらこの奥に観音堂があるらしい

宝勝寺(群馬県)

ありました☆
周りは完全に民家に囲まれた空き地みたいなところ

宝勝寺の建物その他

大きめの庚申塔あり

宝勝寺(群馬県)

古い石仏や祠

宝勝寺(群馬県)

馬頭観音堂

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名称宝勝寺
読み方ほうしょうじ
御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号0274-42-0427
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご本尊延命地蔵大菩薩、馬頭観音菩薩(札所本尊)
山号高尾山 落合山
宗旨・宗派真言宗豊山派
ご由緒

寺伝によると、天文十一年(1542)多胡郡池村(現・吉井町池)の蓮勝寺(廃寺)の院代義尊がこの地に地蔵堂を建立して開山した。弘治三年(1557)に僧常運が木造の地蔵尊を安置し、住職は常運、行順、清澄、道賢と受け継がれた。

 大正八年(1919)飯縄大権現を勧請し武州薬王院範秀僧正によって開眼供養した。飯縄大権現は本尊の脇仏として安置され、以後当寺を通称『高尾山』と呼んでいる。

墓地には寛政六年(1794)7月3日関東下向の際、小林本陣で急死したと伝えられる大和郡山藩松平甲斐守の御母公(柳沢保興室)の墓があり『貞蓮院殿貴顔妙遍大姉』とある。墓が建てられてから明治維新まで毎年郡山藩から寺へ50俵の茶湯料が寄進されたという。

昭和四年(1929)二区の某家で発見された古瓶から小判396枚・1分銀133枚がでて騒動になり、警察署の仲裁で関係者に配分された。これは加賀藩士、土師清太夫の御用金盗難による引責切腹という因縁めいた話もまつわっている。
配分者により当寺に小判供養塔を建立

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