高野山真言宗袈裟山
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【飛騨國 古刹巡り】
千光寺(せんこうじ)は、岐阜県高山市丹生川町下保にある高野山真言宗の寺院。山号は袈裟山。本尊は千手観世音菩薩。別名は「飛騨千光寺」。円空作の仏像が63体あり「円空仏の寺」として知られる。境内の五本杉は国の天然記念物。
寺伝によると、仁徳天皇65年(377年)、両面宿儺(りょうめんすくな)による開山。両面宿儺は『日本書紀』に登場する、飛騨國に現れ民衆を苦しめた異形の人で、朝廷が派遣した武振熊命(たけふるくまのみこと)により退治されたとされる。奈良時代の720年に泰澄により白山神社が開かれ、平安時代の850年に真如親王(弘法大師十大弟子の一人で、嵯峨天皇皇太子)が開基している。
戦国時代の天文年間(1532年~1555年)に兵火で焼失。1546年に桜洞城主・三木直頼により再建されるが、1564年の武田信玄の飛騨攻めにより再び焼失。1588年に金森長近により再建されている。江戸時代の1685年頃、円空が当寺に滞在し、両面宿儺像など多数の仏像を彫ったという。
当寺は、JR高山本線・高山駅の北東6kmあまりの山の中にある。山の麓の公道からくねくね山道を2km登ると伽藍のあるエリアに辿り着く。どこからどこまでが境内地かは分からないが、伽藍周りは割とコンパクトに集まっていて見て廻りやすい。最大の特徴は、円空作の仏像を中心に展示している<円空仏寺宝館>があることで、入館したところお寺の方がマンツーマンで詳しい説明をしていただけた。
今回は、飛騨高山の人気観光地であることから参拝することに。参拝時は休日の午後で、自分たち以外には参拝者は特に見掛けなかった。
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#千光寺
ご本尊は千手観音。本堂・宿儺堂・寺宝館に両面スクナの像を計4躰、祀る。
#両面宿儺 #宿儺
日本書紀では単にスクナ。
それによると、後頭部にも顔があり、4本の腕で弓矢と2本の剣を同時に操った。飛騨に巣食い人々から略奪を働いたが、第16代・仁徳天皇の命でタケフルクマの命が出動し、誅殺したと。
ちなみに同じ高山市に鎮座する桜山八幡宮は、そのタケフルクマの命がスクナを征伐するにあたり、応神天皇を祀って戦勝祈願をしたのが始まりと伝わる。なお応神天皇は仁徳天皇の父で先帝。
日本書紀では悪役のスクナだが、当の飛騨では愛されキャラ。高山駅に近い土産屋で、宿儺カボチャという野菜が売られているのを見た。
地元の信仰だと、彼は山がちな飛騨の大地を開拓し、人々を導いた英雄として認知されているそうだ。この地を治めた豪族という伝承もあるらしい。
ところで、パンフによると宿儺堂に祀られているスクナの像は、4本の腕のうち2本で、金剛界と胎蔵界を表わす印を結んでいるそうだ。確認していないが、写真の御朱印の梵字が金剛界大日如来のバンと胎蔵界大日如来のアなのは、そのためだと想像する。
また、本堂の像は現在、寺宝館で特別公開中なのだが、本堂では毎日「南無 両面宿儺」と唱えて祈っていたとある。真言とは書かれていないが、彼の真言みたいなものと理解してよかろう。

#千光寺
ご本尊は千手観音。
寺院に伝わる書物には、第16代・仁徳天皇の時代に両面スクナによって開山されたと書かれているそうだ。仁徳天皇は大仙古墳の被葬者とされるから、さすがにこれは伝説の域を出ないだろう。
現在はスクナも信仰の対象で、パンフによれば彼の像は千光寺の本堂と宿儺堂に1躰ずつと、円空仏寺宝館に2躰の計4躰、安置されている。
彼に対する信仰は千光寺の発祥である可能性が高く、確実に言える範囲に限っても西暦1600年よりも前にさかのぼれるそうだ。
円空仏寺宝館はその名の通り、主に円空という仏師の彫った像を保存するための施設で、現在は63躰の円空仏を安置する。ここにいる2躰のスクナのうち1躰も円空の作だ。
一般的な仏像は曲線的でリアルだが、それに比べて円空仏は全体的に、無数の多角形を繋ぎ合わせた多面体みたいな感じ。素朴という表現が一番しっくりくる。が、彼が生きたのは江戸時代だそう。当時の人々の目には相当に前衛的に映ったものと想像する。よく受け入れられたものだ。
ちなみに円空仏のスクナ像からは、お不動さまに近い印象を受ける。強くて頼りになり、それでいて親しみが持てる親分・アニキ分、といったところだ。
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