せむいさん かんのんじ|曹洞宗|施無畏山
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西美濃三十三霊場第十二札場。曹洞宗永平寺を本山とする禅寺。
関ヶ原合戦に敗れ逃れ来た小西行長が、この寺に隠れたが竹中丹後守重門に依って捕らえられた。
大垣藩主戸田氏鉄公に「おさい様」という姫がおり、宇都宮城主本多正孝の正室となっていたが、釣天井事件により離縁、大垣に帰ってきた。正保年間、おさい様が重い眼病で苦しんでいたある夜、中山の観音様を信仰しなさいとの夢のお告げがあり、兄氏信公に手を引かれ大垣から足を運ぶ事数度、霊感あってすっかり快復したとのこと。
~当寺「由緒書き」より抜粋
旧春日村(岐阜のマチュピチュといわれている)の山深くにあるお寺で、自然を満喫できます。
本日は、檀家?の方々が仏具を磨き掃除されていました。そんな中、ご住職が不在であることや御朱印の場所など親切に教えて頂き感謝です。
最後はお菓子までいただいてしまいました🙏

「揖斐川町(旧春日村)方面の関ケ原合戦史跡巡り」で、敗れた西軍の武将の敗走路をたどりました。宇喜多秀家公が約40日間匿われた矢野家を訪れた後、参拝しました。小西行長公が逃れて来て匿われたお寺です。本堂でご本尊の十一面千手観音立像と大日如来坐像、釈迦如来坐像を拝観させて頂きました。行長公の御位牌も安置されていました。お寺の向かって左手の山中に「小西神社」が鎮座されています。大正12年、岩手村の御嶽教徒高木金十郎氏が観音寺にいらして、「私の所に行長公の霊が現れて、キリスト教徒なのに仏として扱われるのは不快だ、と言われた」と話されたので神としてお祀りすることにして行長公の墓地に建てられたそうです。
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