臨済宗妙心寺派
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方安国寺のお参りの記録一覧

西美濃西国三十三観音霊場 15番札所楊岐山安国寺にお参りしました
揖斐郡池田町にある 十一面観世音菩薩を本尊とする 臨済宗妙心寺派の寺院
先の 平安寺から車で10分ぐらい 濃尾平野を一望できる霞間の渓の中に建つ寺院で お茶畑が広がり 途中に展望台があり車が数台駐車してあり 近くを散歩してみえる方が数人 新緑を満喫!されていたのでしょうね 私といえば 雨が降りそう・・急がなければ・・と絶景を横目でみつつお寺に到着🌳🍃🌨️
安国寺は元弘の変(南北朝の戦)の後両軍戦没者慰霊のため暦応2年(1339)夢窓疎石の勧めで足利尊氏が1345年に創立されました。
その後度々の戦火で荒廃しましたが 明応4年(1495)舩田の乱において敗れた美濃国守護土岐成頼公も当時に入り剃髪しています
また 織田信長の第二子 信雄の安国寺の対する制札なども 再度の戦火を免れ現存しています。

道路沿いに案内板が 横には駐車場があります

寺号標と本堂

鐘楼堂 朱色が青空に映えて・・と言いたいところですが あいにくの曇天 この後パラパラと雨が降り出しました

庫裏の玄関先に書き置きが準備されていました

御朱印

安国寺は、岐阜県揖斐郡池田町にある臨済宗妙心寺派の寺院。足利尊氏が全国に建立した安国寺のうち、美濃国に設けられたものである。西美濃三十三番霊場15番札所。
鎌倉円覚寺の此山妙在を開基として、1345(康永4音/興国6年)に開かれた。美濃国守護の土岐氏や有力武将の稲葉氏所縁の寺院で、1495年(明応4年)に船田合戦に敗北した土岐成頼が同寺で出家したほか、斎藤道三に土岐氏が滅ぼされた際、稲葉光朝が斎藤家に復讐するため千人斬りの願を立て、安国寺に潜んで夜な夜な岐阜へ人斬りに出向いたという伝承がある。
~ウィキペディアより抜粋
こじんまりしたお寺で、アットホームな感じがしました。落ち着いてゆっくりとお参りできました。残念ながらご住職は不在でしたが、書き置き御朱印を頂けました。
駐車場は安国寺の北を通る「池田ふれあい街道」側にあります。4~5台程度駐車できます。

駐車場と由緒書き

寺標と本堂

鐘楼

手水舎



現在おられるご住職は 60歳を超えてからの転職されて仏門に入られたという事 それまでは廃寺になっていたところを再建されたとの事。
岐阜県揖斐郡池田町小寺にある臨済宗妙心寺派の寺院。足利尊氏が全国に建立した安国寺のうち、美濃国に設けられたものである。西美濃三十三霊場15番札所。
鎌倉円覚寺の此山妙在を開基として、1345年(康永4年 / 興国6年)に開かれた。美濃国守護の土岐氏や有力武将の稲葉氏所縁の寺院で、1495年(明応4年)に船田合戦に敗北した土岐成頼が同寺で出家したほか、斎藤道三に土岐氏が滅ぼされた際、稲葉光朝が斎藤家に復讐するため千人斬りの願を立て、安国寺に潜んで夜な夜な岐阜へ人斬りに出向いたという伝承がある。
寺内には稲葉光朝の墓と伝えられる五輪塔のほか、西国三十三番観音供養塔がある。また、織田信雄の制札(池田町指定有形文化財)を所蔵している。 ウィキペディアより







岐阜県のおすすめ🎍
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ






5
0