ぎふごこくじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト楽しみ方
岐阜護國神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2022年02月05日(土)
参拝:2022年1月吉日
【全国 護国神社巡り】
岐阜護国神社(ぎふ・ごこく~)は、岐阜県岐阜市御手洗にある神社。旧内務大臣指定護国神社で、現在は神社本庁の別表神社。祭神は戊辰戦争から第二次世界大戦に至るまでの岐阜・中濃・東濃各地区出身の英霊37,800余柱。
岐阜県内には、1870年に大垣城内に創建された大垣招魂社(のちの濃飛護国神社)、1909年に高山城址に創建された飛騨招魂社があったが、岐阜市ほか10郡には招魂社がなかったため、第二次世界大戦が始まっていた1940年に「岐阜護國神社」という名称で当社が創建され、内務大臣指定護国神社に指定された。戦後一時期「美濃御魂神社」と改称していたが、日本の主権回復後、旧称に復している。
当社は、JR東海道本線・岐阜駅の北北東4kmの長良川南岸、金華山北麓の平地にある。指定護国神社らしく、境内はかなり広々としていて、鳥居から社殿を目指して歩くと、神聖な空気感の中、心が徐々に鎮まっていく感じさえする。社殿もかなり大きく立派で、護国神社としては珍しく、本殿側に廻り込むことができる造りとなっている。
今回は、岐阜県の指定護国神社ということで参拝することに。参拝時は週末の午後で、子連れの家族や夫婦など男女ペアなど、いろんなタイプの参拝者が訪れていた。皆さん地元民風で、日々の生活に溶け込んでいる感じがした。
※上述の通り、岐阜県には主な護国神社が3社あり、岐阜護国神社(岐阜市)、濃飛護国神社(大垣市)、飛騨護国神社(高山市)がある。このうち、岐阜と濃飛が指定護国神社、岐阜のみが神社本庁の別表神社となっている。
境内北東部入口にある、青銅製の<一の鳥居>。遠くの社殿まで参道がまっすぐ伸びる。厳かな空気感。
参道左側の<手水舎>。
参道左側の<社務所>。御朱印はこちら。小さな子連れの家族も多く見かける。
参道右側にある<祓戸>。大幣が置いてある。
祓戸の右側に建っている<御神木>の楠の木。
参道左側の<大八洲(おおやしま)>。日本の古称で日本の国土を表す。当社境内の庭園は大八洲を見たてて造られている。
大八洲そばの<二の鳥居>。こちらも青銅製。
<拝殿>全景。威風堂々。左右に翼殿を備える。1995年に終戦50周年で再建。
拝殿前左側の<狛犬>。
拝殿前右側の<狛犬>。
<拝殿>正面。
<拝殿>内部。この時は昇殿祈祷中で巫女さんが舞っている。
拝殿後ろの<本殿>。1940年の造営。護国神社で本殿全体を直接見ることができるのは珍しい。
本殿左側にある<足乳根宮(たらちねぐう)>。女性の守護神。
本殿左側にある<招魂祭場>。英霊を本殿に合祀する際に使用する場所。祭場中心にある美しく苔むした岩を磐座に見立て、英霊の御霊を招く。
招魂祭場から見た<社殿>全景。
本殿左側にある<愚多羅愚多羅のかわらけ割り>。かわらけを割ることで、山際に鎮まる愚多羅愚多羅様に多くの愚を捕まえ、取り除いてもらう。
かわらけ割りの場所から、社殿を望む。
境内に向かって左側にある<(霊璽簿)奉安殿>。英霊の霊璽簿(名簿)をお護りする社。
拝殿に向かって左側にある<河童堂>。当地は長良川の河川敷で河童伝説が伝わっており、子供たちの水難除け、水練上達を叶える河童大明神を祀っている。
河童堂から見た、社殿全景。
境内右側から、拝殿を望む。
拝殿の右側にある<鎮霊社>と<平和之碑>。
参道右側の庭園。<大八洲>の日本創生のイメージなのか、岩がランダムに配置されている。
参道右側にある<神馬>。
一の鳥居の外側まで戻って<慰霊塔>。
慰霊塔の近くから<一の鳥居>と<社号標>。厳かな雰囲気の中、家族連れが多かったのが印象的。 (^▽^)/
すてき
投稿者のプロフィール
惣一郎1269投稿
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば神主さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
神主さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。