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所在地:福島県相馬市坪田字涼ヶ岡51
主祭神:誉田別命 (応神天皇)
帯中彦命(仲哀天皇)
息長足姫命(神功皇后)
社 格:郷社
創 建:1334〜1336年
由 緒
本社の名は元「八幡宮」、「八正宮」といい、維新後に「涼ヶ岡八幡神社(すずみがおかはちまんじんじゃ)」になりました。この地には、大同年間(806-809)に創立された「若宮八幡」という祠がありました。
後醍醐天皇が元弘三年(1333)に北畠顕家を東北を治める陸奥の守に任じ、建武二年(1335)にその武将の白河城主結城宗広(白川道忠)を宇多郷(今の相馬市)の守に任じました。結城宗広はかねて信仰する八幡の宮を建てたいと場所を探したところ、熊野堂の館(現中野清水)の南に「若宮八幡」という祠があり、杉樹などの古木が繁茂し幽邃(ゆうすい、奥深く静か)であり適地であるとして、この地に「八幡宮」を建て、「若宮八幡」を摂社(せっしゃ、本社と縁のある神を祀っている神社)にしました。
天文年間(1532-1555)に相馬氏の所領に代わり、その後相馬氏が代々本社を崇敬し、相馬中村藩の鎮守として祭典や修繕は全て藩費でまかなっていました。
元禄七年(1694)になり、相馬家二十一代で相馬中村藩五代藩主の相馬昌胤が特に本社を崇敬し、新しく各宮殿を造営、境内を整備し、翌元禄八年(1695)に完成しました。総欅材(けやきざい)を用い、近郷でも群を抜く壮美な宮殿になり、「相馬日光」と称されました・
明治六年(1873)に宇多郷25ヶ村の郷社になりました。平成24年(2012)、元禄八年に完成し現存する7棟全てが国の重要文化財に指定されました。
【涼ケ岡八幡神社HPより】

境内・文化財
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建武年間(1334-1336)に創立され、元禄8年(1695)に相馬中村藩主相馬昌胤公によって、現在の社殿が造営され境内が整備されました。近郷でも群を抜く壮美な宮殿で、当時は「相馬日光」と称されました。
八幡神は、欽明天皇32年(571)に神霊により誉田別命(応神天皇)であるとのお告げがあったとあります。
その後天皇家が伊勢神宮に次ぐ第2の祖神として重んじるようになり、中世には源氏が守り神としたことから多くの武家に武神として崇敬され、国家鎮護、必勝、合格祈願、諸業繁栄、病気平癒、そして海上安全、大漁満足、安産他で信仰されています。
平成24年(2012)、元禄8年(1695)に造営され現存する7棟全てが国の重要文化財に指定されました。
涼ケ岡八幡神社の情報
| 住所 | 福島県相馬市坪田字涼ケ岡51 |
|---|---|
| 行き方 |
涼ケ岡八幡神社の基本情報
| 名称 | 涼ケ岡八幡神社 |
|---|---|
| 通称 | 涼ケ岡八幡神社 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 0244-36-4342 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| 絵馬 | あり |
巡礼の詳細情報
| 神玉巡拝 奥州相馬神玉巡拝 |
|---|
詳細情報
| ご祭神 | 《主》帯中津彦命,誉田和気命,息長足姫命 |
|---|---|
| ご由緒 | 建武年間(1334-1336)に創立され、元禄8年(1695)に相馬中村藩主相馬昌胤公によって、現在の社殿が造営され境内が整備されました。近郷でも群を抜く壮美な宮殿で、当時は「相馬日光」と称されました。
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| ご利益 | |
| 体験 |
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