わたつみじんじゃ
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楽しみ方綿津見神社のお参りの記録一覧

綿津見神社に行ってきました。奥州相馬神玉巡り5番目の神社です。
創建は大同2年(807年)、現在の福島県浪江町にある苕野神社(くさの神社)から勧請されたのが始まりだそうです。まだまだ復興が進んでいない山道を進んでいくと、立派な鳥居と参道が見えてきました。冬の凛とした空気の中、とても綺麗な神社でした。御朱印をお願いに社務所に行くと、まずはと言って温かい管のお茶を差し出してくれました。








奥州相馬神玉巡拝12社中5番目の神社。御祭神は綿津見大神、五十猛命。社格は明治三年に郷社に列格。



社殿脇に社務所有り御朱印はそこで拝領出来ます

この鳥居⛩️の脇に大きな駐車場有ります。







書き入れ御朱印です

福島県飯館村に鎮座する綿津見神社に参拝させて頂きましたがどの様な由緒在る神社か解らないで参拝しましたので引用を用いて調べて見ました、この地で生活を営んでいた祖先達は水と木の恵みを神のみ業と崇め苕野の神と呼んで水の神としてクラオカミの神を、木の神としてイタケルの神をまつり、地名を草野と定めたのは大同二年四月であったと伝える。オオワタツミの神は八竜神とも呼ばれる海の神で降雨をつかさどる。タマヨリ姫はワタツミの神の御子で竜宮の乙姫さまと同神である。
応永十三年岩松義政が真野七〇〇町山中三〇〇町を領するに至り、応永十五年には山中一の宮と称せられた。熊川氏が草野の館主となるや八竜明神と武人の守護神である鎌倉景政の霊とを合せ祀り社名も八竜大明神と称した。嘉永六年六月山中郷大旱魃の折には代官を始め村をあげて雨乞いをした。
ご祭神は
闇於迦美神 五十猛神
大綿津見神 玉依姫神
鎌倉権五郎景政の神霊
とても良い雰囲気の神社でした、また訪れてみたいと思います、歴史的建造物、仏閣、神社巡り、パワースポット、参拝、散策、道の駅、復興の地巡り、絶景、景色撮影、紅葉、日本神社庭園、御朱印集め等好きな方訪れて見て下さい。神主さんもとても感じの良い方でした。










草野郷発祥之地「綿津見神社」
福島r31沿い。ここから5分ほど走れば公民館や銀行もある比較的開かれた所になるが、ここは本当に何もない、畑もない。
拝殿の横ぐらいに駐車スペースあり他。停めたい放題。
石鳥居をくぐり左手に御手水、参道を進む。
鳥居横からの脇道に忠魂碑あり。鳥居前には「草野郷発祥之地」の石碑。
階段を登り、二の鳥居をくぐれば、正面拝殿。
震災後の再建なのか、結構綺麗で立派な拝殿。隣から社務所に直結。有人。周囲は山。
飯舘村は元は「草野郷」と呼ばれており、ここも当初は「苕野(くさの)神社」と称されていたそうです。
そう考えると現・飯舘村の中心の神社だったのかなと思います。周囲何もないが。
拝殿。左側が駐車場、右側が社務所。
鳥居
階段上からの参道。加工して明るくしてるが実際は鬱蒼と暗い。
鳥居前の交差点。ウシガエルの大合唱が聞こえます。

祭神:綿津見大神様、五十猛命様、大屋津姫神様、抓津姫神様、闇於加美神様、玉依姫神様、鎌倉権五郎景政様
社伝によれば、大同二年(806年)に『苕野神社(くさのじんじゃ)』として祀ったのが始まり。
その後、元和六年(1620年)には熊川長春という人物が当地の領主となると、氏神の八龍大明神を併せて祀り、社名を『八龍大明神』に改める。
さらに時が流れて、明治三年。郷社に定められたのに併せて現在の『綿津見神社』に改称

綿津見神社 拝殿前正面より右側にある(社務所にて直書き御朱印)頂戴致しました

綿津見神社 駐車場の様子です

綿津見神社 入口からの(右側郷社綿津見神社の社号標、左側一ノ鳥居)です

綿津見神社 一ノ鳥居上部に掲げてある(綿津見宮)の社額です

綿津見神社 一ノ鳥居から進むと左側にある(手水舎)です

綿津見神社 境内に鎮座する(阿形の狛犬さん)の様子です

綿津見神社 境内に鎮座する(吽形の狛犬さん)です

綿津見神社 一ノ鳥居から進んだ先の参道です

綿津見神社 参道からの、ニノ鳥居の様子です

綿津見神社 左側からの拝殿前の様子です

綿津見神社 拝殿前の様子です

綿津見神社 拝殿前より幣殿の様子です

綿津見神社 拝殿前正面より左奥側からの本殿の様子です

綿津見神社 境内社(雷神社)です
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