天台宗
大谷寺のお参りの記録一覧
692年泰澄大師が神仏習合の霊場として開いたと伝わる。
明治の神仏分離で越知神社と大谷寺に分離している。
1323年造立の九重塔は泰澄大師の墓とされ重文指定されている。
本堂
本堂
本堂
本堂・山門
山門
越知神社
地蔵堂
稲荷社
大師堂
大師堂
大師堂
九重塔
九重塔
九重塔
九重塔
九重塔
梵鐘
収蔵庫
秋葉社
今日も休日。天気も良かったので、大谷寺に参拝に伺いました。
持統天皇6年(692)、泰澄大師が修行していた際、越知山の地主神の本地仏である大聖不動明王像を彫刻し一宇を設けて安置したのが始まりと伝えられています。
戸が閉まっていたのでご不在かと思いましたが、住職がいらっしゃいましたので参拝させていただきました。
本堂には平安時代造の仏像・木像が鎮座されており、見ているだけで心が清らかに…(´ー`)
宝物殿の仏像に至っては門外不出の貴重な木像仏像があり
北陸3県にある平安時代造の木造仏像20体の内、7体が大谷寺に安置されていると聞き更に驚きでした(;'∀')
住職から縁起についてたくさんお話をいただき、資料をいただきました。
泰澄大師の縁起は越知山が始まりであり、「越知山(オチサン)→お知山(音写)→おしらやま(音転)→小白山(音写)→白山(音転)」
」を経て現在の白山(はくさん)の呼び方になったそうです('ω')
泰澄大師が訪れた霊峰は「素晴らしい・幸せ」の意味合いからその土地を「越知山(オチサン)」と呼んだと伝えられている、という住職のお話は大変興味深いものでした('ω')
(富士山・日光山も音写・音転を繰り返し今の呼び方になったそうです('ω')
外観です。山門が見えます。
大谷寺縁起です。
山門。綺麗な朱色です。
北陸仏法最初霊場 大谷寺。
泰澄大師の始まりの地です。
本堂。留守かと思いましたが、住職がいらっしゃいました。
本堂。
宝物殿です。平安時代造の秘仏が安置されているとの事です。
確か創建が692年…歴史を感じます(;'∀')
参拝順路から奥の院へスタートです。
泰澄大師ゆかりの大師堂です。
大師堂
案内看板
十一才の時に創建、多くの霊山を開山した後、天平宝宇2年(758)に帰山、神護景雲元年(767)に大谷寺で遷化なされました。
石造九重塔は泰澄大師の墓と伝えられています。
これから泰澄トレイルコースにて本堂裏の山を登って越智山大権現を拝みにいきます。
本地堂に到着しました。スタートから約15分です(;'∀')
狛犬がいました(´ー`)
本地堂鐘です。鐘をつきましたが重低音のいい音でした。
更に奥の院を目指します。
奥の院の標石がありました。
なかなかの急勾配
見えてきました。
奥の院到着です。ここまでトータル30分位かかりました。
別山です(´ー`)
戻ってきました。
往復1時間位のお参りでした(´ー`)
いただける説明文です。
御朱印になります。
泰澄大師ゆかりの地案内パンフレットをいただけます。
今度はこちらを参考に色々散策しようと思います(^^)
#大谷寺
ご本尊という表現は見ないが、越知(おち)権現を祀る。
#越知山三所大権現 #三所大権現 #越知権現
権現と言っても、実際に安置されているのは十一面観音、アミダ如来、聖観音の仏像。写真の御朱印の梵字のうち、真ん中が十一面観音のキャ、左がアミダ如来のキリーク、右が聖観音のサ。
住職いわく、越知権現と白山権現は同じ。
白山信仰は御前峰(ごぜんがみね)、大汝峰(おおなんじがみね)、別山(べっさん)の3つの山が中核となっていて、十一面観音ら3尊はその本地仏。
ここ大谷寺は白山を開いた泰澄大師による創建で、彼が最晩年を過ごした場所。だから白山権現を祀っていても不思議ではない。
泰澄大師が白山に開いた寺院は、明治の神仏分離を経た今では、平泉寺白山神社(福井県勝山市)という神社だ。ご祭神は3座。
白山と越知権現と平泉寺白山神社の神様の対応は次の通り。御前峰と十一面観音とイザナミの尊。大汝峰とアミダ如来とオオナムチの尊。別山と聖観音とアメノオシホミミの尊。
ちなみに白山比咩神社(石川県白山市)だと、峰々と対応する神様の組み合わせが異なる。あちらは、御前峰にシラヤマヒメの大神、大汝峰にオオクニヌシの命、別山にオオヤマヅミの命を当てる。オオクニヌシの命はオオナムチの尊の別名だが、残る2柱は一致しない。シラヤマヒメの大神を除き、あちらのご祭神でもない点がいちばん意外だ。
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