りゅうこうじ|真言宗御室派|稲荷山(いなりざん)
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龍光寺の御朱印・御朱印帳
| 限定 | - | ||
|---|---|---|---|
| 御朱印帳 | - | ありません | |
| 参拝時間 | 7:00~17:00 | ||
| 電話番号 | 0895-58-2186 | ||
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■四国八十八ヶ所:第41番札所「龍光寺(りゅうこうじ)」です。
地元では「三間のお稲荷さん」と呼ばれ親しまれ、山門は赤い鳥居であることもおもしろいものです。山門をくぐると仁王像ではなく「守護役・狛犬」です。境内には狐さんとお地蔵さんの石像がいっしょに並んでおり、仏と神が同居している珍しい光景です。
こちらに参拝前に「宇和島城見物」をしました。ちょうどお昼時であったこともあり、食事を兼ねての見物です。やはり「現存天守閣」はいいものです。

入口の石段には赤い鳥居

大師堂・十三重石塔


本堂


いい風景です。


真言宗御室派 稲荷山 護国院 龍光寺
四国八十八箇所霊場 第41番札所
車で参拝させていただきました。
カーナビを頼りにもうそろそろ到着かなと細い道を進むといきなり正面に石段の参道が現れます。
その石段手前を左に進んでいくと駐車スペースに到着。
駐車スペースからすぐに境内に入ることはできるのですが、一旦車で進んできた道を歩いて戻り敢えて石段を歩いて上りました。
境内に到着すると本堂よりも、正面に見える石段とその先に鎮座する稲荷神社につい目が行ってしまいました。
まるで稲荷神社が中心のような感じですが、それもそのはず。
元は大同2年にこの地を訪れた弘法大師が稲荷明神像を彫造し、堂宇を建てて安置のが始まり。
稲荷山龍光寺として開創したとのこと。
その後、明治の廃仏毀釈令により、旧本堂は現在の稲荷神社拝殿として、新しい本堂を少し下ったところに建立。 観音堂に安置されていた十一面観世音菩薩像を本尊として新しい本堂に安置し、観音堂は廣田神社となりました。
ご詠歌
この神は三国流布の密教を 守り給わむちかいとぞきく



本堂


大師堂

七福神像


境内中央にはさらに上へと続く石段。
「三間のお稲荷さん」として親しまれる稲荷神社です。



稲荷神社拝殿横に建つ廣田神社(元観音堂)

稲荷神社の鳥居越しに見渡す景色は素晴らしかったです





お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
42番 龍光寺

お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
42番 龍光寺

お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
42番 龍光寺

お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
42番 龍光寺

お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
42番 龍光寺

【稲荷山(いなりざん)護国院(ごこくいん)龍光寺(りゅうこうじ)】
本尊:十一面観世音菩薩
宗派:真言宗御室派
開基:弘法大師
龍光寺は、807(大同2)年、この地を訪れた弘法大師(774-835)が、稲束を背負った白髭の老人に出会い、この老人を五穀大明神の化身と悟り大師自ら稲荷明神像を彫って堂宇を建立、四国霊場の総鎮守にしたのがはじまりという。このとき、本地仏とする十一面観世音菩薩と、脇侍として不動明王、毘沙門天も造像して一緒に安置した。
明治の神仏分離令で旧本堂が稲荷神社になる。そして新たに本堂が建立され、ここに稲荷の本地仏であった十一面観世音菩薩像が本尊として安置され、その隣に弘法大師勧請(かんじょう)の稲荷明神像が祀られている。

【41_T.Hamada's view】
本堂

【41_龍の目玉】
川原でうたた寝をしていた庄屋が、腰の刀が自然に抜けてその龍の目玉をくり抜いたたという伝説が、寺号の由来。現在も、その目玉と言われる直径10cmほどの黒石が伝わる。(四国霊場開創1200年記念絵はがき)

【41_本堂】

【41_大師堂】

【41_長い石段の参道】
山門の代わりに立つ鳥居。往時の神仏習合の面影を色濃く伝えている霊場。

【41_阿形の狛犬】
仁王像の代わりに狛犬が迎えてくれる。

【41_吽形の狛犬】

【41_稲荷神社(旧本堂)】

【41_龍の手水舎】

龍光寺の御朱印・御朱印帳コレクション全37枚
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