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こくぶんじ|真言律宗金光山(こんこうざん)

国分寺のお参りの記録一覧
愛媛県 伊予富田駅

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2024年09月03日(火)3177投稿

3回目の1泊2日四国八十八か所巡り 1日目の5寺院目です。
香園寺から車で20分ほどでした。
駐車場から石段を少し上ると境内です。
土の部分がとても広いのですが 雑草が生えていません。きれいに整備されています。
こういうのが好きです。ご住職たちの心が伝わってくるようです。
建物としては 本堂と大師堂と金毘羅堂と納経所だけですが すっきりしていて気持ちがいいです。
境内の握手修行大師像は 今まで観てきた大師像とは表情が少し違いました。
「お大師様と握手をして 願い事を一つだけ あれもこれもはいけません お大師様も忙しいですから」 この言葉が身に沁みました。
世俗的な私たちは すぐに何でもかんでもお願いしてしまいますからね。
境内に大きな古木が1本あるのですが 幹に寄生植物が生えていて いつの時代から生えているんだろうなぁと思いました。

山号は金光山 宗派は真言律宗 寺格は別格本山 ご本尊は薬師瑠璃光如来 創建年は天平勝宝8歳(756年)以前 開基は(伝)行基です。

ご真言とご詠歌は
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
ご詠歌:守護のため建ててあがむる国分寺 いよいよめぐむ薬師なりけり
でした。

由緒については
天平13年(741年) 聖武天皇が発した国分寺建立の詔によって建立された諸国国分寺の一つである。
国分寺は『金光明最勝王経』による国家鎮護の寺であり 当寺もそれから山号・院号がつけられている。
寺伝では聖武天皇の勅願により行基が開創し 第三世・智法律師のとき 空海が逗留し五大明王の画像を その後 真如は法華経を奉納したとされる。
史実としては 具体的な創建年は定かでないが 『続日本紀』には天平勝宝8歳(756年) 伊予国を含む26か国の国分寺に仏具等を下賜したとの記載があり この頃には完成していたものと思われる。
興亡を繰り返し 天慶2年(939年)の藤原住友の乱 元暦元年(1184年)の源平合戦 貞治3年(1364年)の細川頼之による兵火などで焼失 また 天正12年(1584年)長宗我部元親の侵攻の際に焼き討ちにあって荒廃したが そのたびに再興される。
焼失を免れた多くの古文書によって律令制衰退後に国分寺の多くが荒廃していく中で 同寺が伊予における仏教信仰の中心地として曲がりなりにも維持されてきたことが明らかになっている。
とありました。

国分寺(愛媛県)

駐車場から境内に続く石段

国分寺(愛媛県)

石柱

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sasaki3
sasaki3
2024年12月31日(火)2911投稿

お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
59番 伊予国分寺。

国分寺の御朱印

お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
59番 伊予国分寺。

国分寺(愛媛県)

お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
59番 伊予国分寺。

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