いかなしじんじゃ
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境内

鳥居
《寛政六年の鳥居》
参道から西側の蒼社川のそばにある鳥居です。特に社殿などはなく鳥居と記念碑だけがあるのですが、伊加奈志神社、石清水八幡神社が丘の上にあるので御旅所的な立ち位置だったと推察されています。

末社・摂社
《末社群》
愛媛県神社庁HPの当社ページには境内社として山之神・大己貴神社・厳島神社と記載されていますが、この一棟の中に小さな社が3つあるので、ここに全てまとまっているようです。

本殿・本堂
《本殿》
また当社の総社とする由来の一つとして、室町時代に編纂された『伊予国神名帳』に「正一位伊賀奈志大明神」として記載され、当社において禁制が発布され周辺への武士の侵入や乱暴行為が禁止されました。このように周辺の神社に比べてかなりの高待遇で庇護を受けていることが窺えます。
このことが江戸時代に今治藩主の祈願所となった経緯に繋がると思われますが、大火によって社殿が焼失した後は再建されるも明治の近代社格制度では村社に列格しました。
有力豪族の力も衰え、明治の新時代になって今治藩の庇護も失ったことで衰退してしまったようです。

本殿・本堂
《拝殿》🙏
👁チェックポイント‼️
伊予国の総社に関しては同じく論社として同国一宮の大山祇神社の境内にある伊予国総社が挙げられます。
総社は当時の式内社等の国内の有力神社の巡拝を簡略化するため国府近くに建てられる、または国府近くの神社が担うことが多いのですが、国府近くとされる伊予国分寺も当社の鎮座地から遠くにあります。
かなり総社とするには位置的に根拠が弱そうなのですが、近くを流れるのは蒼社(そうじゃ)川であり、かつては周辺に伊予国最大豪族であった越智氏の邸宅があったとされています。

手水舎
《手水舎》
蛇口式ですが水は出ません。洗ひつるここも…(略)

山門・神門
《注連柱》

庭園
《表参道》
地図上では石清水八幡神社はかなり近く見えるのですが、境内から移動することはできなさそうです。

自然
《参道の階段》
狭い丘を石清水八幡神社と共有しているためか階段がかなり急です。

自然
伊予国越智郡の式内社であり、同国総社の論社です。今治市街から蒼社川を遡上しその沿岸にある小高い丘(…

鳥居
《鳥居と社号碑》
「延喜式内 伊加奈志神社」の社号碑と「大祭記念碑」と太字で刻まれた石碑があります。
鎮座地の地名は五十嵐(いかなし)と読むため由来がそのまま当社であると判ります。
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