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いわやじ|真言宗豊山派海岸山(かいがんざん)

岩屋寺
愛媛県 見奈良駅

御朱印について御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
あり

参道入口前に民営駐車場2箇所 105台(有料)

巡礼

その他の巡礼の情報

四国八十八箇所第45番
四国霊場十三仏第1番

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2024年08月13日(火)3154投稿

1泊2日四国八十八か所巡り。1日目の5寺院目です。
大寶寺から車で15分ほどで駐車場に着きました。
問題はこれからで まあまあな坂道を上がっていきます。
下りてくる方から 「がんばってくださ~い」 と声をかけられ 逆に疲れてしまう感じです。
「しんどいっちゅうことやんか」 とぼやく漢字ですね。天邪鬼です。
ゆっくり歩いて20分ぐらいだったと思います 大きな崖と建物が目に入りました。
「えぇぇぇぇ~~~」 と声が出るほど驚きました。
崖の下に建物があるのですが よくがけ崩れしないもんやと思うほどの崖なんです。
本堂も大師堂も それは古くて立派な建物なんですが それより崖が気になってしまいます。
一部本堂横から登れる梯子があったので 登ってみました。
昔の人はすごすぎる。こんな所にお寺を建立するなんて。
奥の院があるということで山門まで行ってみました。
納経所で鍵をあずかってから行く と書かれていたので 「こりゃやばいやつやん」 と諦めました。
洞窟の奥にお地蔵様があるというので そちらはスマホライトを頼りに行ってきました。
真夏ですが涼しくて気持ちよかったです。
拝受した御朱印の字が達筆すぎて読めません。
こちらは是非お参りしていただきたいと思いました。

山号は海岸山 宗旨宗派は真言宗豊山派 ご本尊は不動明王 創建年は(伝)弘仁6年(815年) 開基は(伝)空海(弘法大師)です。

ご真言とご詠歌は
本尊真言:のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん
ご詠歌:大聖(だいしょう)のいのる力のげに岩屋 石のなかにも極楽ぞある
でした。

由緒については
寺伝によれば 弘仁6年(815年)霊地を探して山に入った空海(弘法大師)は 山中で神通力を備えた法華仙人という女性と出会う。
仙人は空海に帰依して山を献上した。
空海は不動明王の木像と石像を刻み 木像は堂宇を建立して本尊として安置 石像は奥の院の岩窟に祀って秘仏とし 岩山全体を本尊としたという。
山号の「海岸山」は空海の作とされる「山高き谷の朝霧海に似て松吹く風を波にたとえむ」の歌による。
山中の霧を海にたとえた歌である。
鎌倉時代中期に時宗の祖一遍がこの寺に参篭したことは一遍聖絵に描かれている。
そして いつからか第44番大寶寺の奥の院とされていたが 明治7年に初代住職が着任した。
だが 明治31年(1898年)に仁王門と虚空蔵堂(祠)を残し堂宇と史料宝物のほとんどを焼失した。
その後 大正9年に大師堂 昭和2年に本堂 同9年に山門 同27年に鐘楼 同38年に宿坊 同53年に迫割不動堂と白山権現堂と順次再建されていった。
とありました。

岩屋寺(愛媛県)

登山口にお土産屋さんが並ぶ

岩屋寺(愛媛県)

柱門

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岩屋寺の情報

住所愛媛県上浮穴郡久万高原町七鳥1468
行き方

松山駅からJR四国バス久万高原線「落出行き」乗車、「久万中学校前」途中下車
伊予鉄南予バス「面河行き」に乗り替え、「岩屋寺」下車
44【大寶寺】より
(自家用車)約20分 約13km
(徒歩)約2時間30分 約9km
46【浄瑠璃寺】より
(自家用車)約1時間 約35km
(徒歩)約5時間 約17.5km

岩屋寺の基本情報

名称岩屋寺
読み方いわやじ
参拝時間

7:00~17:00

トイレ鐘の先
御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号0892-57-0417

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttps://shikoku88-iwayaji.com/
お守りあり
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詳細情報

ご本尊不動明王
山号海岸山(かいがんざん)
宗旨・宗派真言宗豊山派
創建時代弘仁6年(815)
開山・開基弘法大師
文化財

大師堂(重要文化財)
仁王門(久万高原町指定有形文化財)
岩屋(国の名勝)

ご由緒

標高700m。奇峰が天を突き、巨岩の中腹に埋め込まれるように堂宇がたたずむ典型的な山岳霊場である。神仙境をおもわせる境内は、むかしから修験者が修行の場としていたようで、さまざまな伝承が残されている。
弘法大師がこの霊地を訪ねたのは弘仁6年とされている。そのころすでに土佐の女性が岩窟に籠るなどして、法華三昧を成就、空中を自在に飛行できる神通力を身につけ、法華仙人と称していたという。だが仙人は、大師の修法に篤く帰依し、全山を献上した。大師は木造と石造の不動明王像を刻み、木像は本尊として本堂に安置し、また、石像を奥の院の秘仏として岩窟に祀り、全山をご本尊の不動明王として護摩修法をなされた。
一遍上人(1239〜89)が鎌倉時代の中期にこの古刹で参籠・修行したことは、『一遍聖絵』にも描かれており、13世紀末ごろまでにはこれらの不動尊像をはじめ、護摩炉壇、仙人堂、49院の岩屋、33の霊窟などがそのまま残っていたと伝えられる。いつの頃からか、四十四番大寶寺の奥の院とされていたが、明治7年に第一世の住職が晋山した。だが、同31年(1898)に仁王門と虚空蔵堂をのこし諸史料ともども全山を焼失した。大正9年に本堂より一回り大きい大師堂を再建、その後、昭和2年に本堂、同9年に山門、27年鐘楼を復興、宿坊遍照閣は38年、逼割不動堂・白山権現堂は同53年にそれぞれ建立されている。大師堂は国指定重要文化財、寺域は国の名勝、県立自然公園の指定地でもある。

体験
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