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真言宗豊山派鳴鐘山

東勝寺宗吾霊堂のお参りの記録一覧
千葉県 宗吾参道駅

ぷかぞう
2022年02月08日(火)
496投稿

神社やお寺を巡るようになってから、船橋の大神宮下駅や、東京の九品仏駅など、気になる駅に目が止まるようになりました。

その中で今回は千葉県成田の宗吾参道駅に行ってみました。

東勝寺宗吾霊堂の建物その他
東勝寺宗吾霊堂の山門

宗吾参道駅を降りて少し歩くと、目印のように山門がありました。

東勝寺宗吾霊堂の建物その他

駅から徒歩15分程でした。

東勝寺宗吾霊堂の建物その他

中に入ると、いくつかお店が並んでます。

東勝寺宗吾霊堂の山門

大山門

東勝寺宗吾霊堂の像
東勝寺宗吾霊堂の建物その他

結構広いです

東勝寺宗吾霊堂の本殿

ご本堂アップ

東勝寺宗吾霊堂の建物その他

釣鐘

東勝寺宗吾霊堂の本殿

修行するところのようです。

東勝寺宗吾霊堂の地蔵

お地蔵さん

東勝寺宗吾霊堂の建物その他

薬師堂

東勝寺宗吾霊堂の建物その他

宗吾御一代記館。
開いてませんでした。

東勝寺宗吾霊堂の御朱印

書き置きです。

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惣一郎
2021年02月15日(月)
1269投稿

東勝寺は千葉県成田市にある真言宗豊山派の寺院。山号は鳴鐘山、院号は医王院。江戸前期の義民・木内惣五郎(=佐倉宗吾)の霊が祀られており、通称「宗吾霊堂」とも呼ばれる。あじさいの名所としても知られている。

佐倉宗吾の故事は、下総国佐倉藩の重税に苦しむ農民の負担軽減を、宗吾が将軍に直訴(=死罪)することで実現し、代わりに処刑されたというもの。失政の佐倉藩主堀田家はその後宗吾の祟りを恐れ、神社で祀り、法号、院号を送り、子孫に供養田を与えるなどした。江戸後期に入り、歌舞伎や浪花節での演目「佐倉義民伝」として広く知れ渡ることとなった。当寺にはその佐倉宗吾が祀られている。

本寺の開創は不詳。寺伝によると、桓武天皇の勅命により房総を平定した坂上田村麻呂が戦没者供養のために創建。江戸前期、1662年に澄祐(ちょうゆう)が佐倉宗吾の遺骸を埋葬したことにより再興、明治期には宗吾を祀る数々の堂宇が建立されたが火災で焼失、1921年に現在地に再建。なお、同じ成田市には成田山新勝寺があるが、東勝寺の方が古く、東勝寺よりも新しいので新勝寺と名付けられたとのこと。

当寺は、京成線・宗吾参道駅から道のり1km。車だと東関東自動車道・佐倉ICから下道10km。宗吾霊堂に突き当たる県道137号線はT字路になっており、かつての宗吾参道への参道であったことが分かる。敷地は非常に広く、境内には大きな堂宇が建ち並んでいることから、江戸後期以降、庶民からの篤い信仰があったことがうかがえる。特に歌舞伎界からの奉納が顕著であったとのこと。(入口の石碑に中村吉右衛門、市川九蔵の名が見える)

参拝時は週末の昼ごろ、コロナ対応のため2月20日(土)まで祈祷、授与含めすべて中止となっていたが、参拝者はそれなりにいて、広い境内を思い思いに回っていた。

※自分は千葉県出身なので<宗吾霊堂>の名称はは30年前から知っていたが、興味がなかったので実物を見たことがなかった。今回も、狙って参拝したわけではなく、お目当ての神社に行く途中でT字路の突き当りに発見したため、思わず参拝。予想以上に過去の隆盛を感じる大きな寺院で驚いた。成田山参詣電車の京成電鉄がわざわざ成田駅の近くに別途駅を作ったことにも納得。

東勝寺宗吾霊堂の建物その他

境内入口。立派な門ではないのが意外。ただ入口両端に立つ石柱には歌舞伎役者の名前が入り、後ろ側には<新橋演舞場>の文字があった。

東勝寺宗吾霊堂の建物その他

境内入ってまず目につくのは、仁王門まで伸びる参道の左側に立ち並ぶ売店。なんだか昭和時代にタイムスリップした気分になり心地よい。お年を召した店の人が、同世代の参拝者と楽しそうに話していた。

東勝寺宗吾霊堂の手水

境内入ってすぐ右手にある<手水舎>。

東勝寺宗吾霊堂の手水

手水舎の隣にさっそく<宗吾御廟>。佐倉宗吾は1653年に将軍直訴の罪で公津ヶ原刑場で4人の子とともに処刑された。

東勝寺宗吾霊堂の山門

大きく立派な<仁王門(大山門)>。1978年建立。内部の仁王像は、人間国宝・香取正彦作。鋳造金箔仕上げ、日本で唯一の金色仁王尊とのこと。楼上の安置仏は聖観世音菩薩像で高村光雲作。作者たちが半端なく豪華!

東勝寺宗吾霊堂の建物その他

仁王門をくぐって進んだ左手にある<授与所>。コロナ緊急事態宣言で祈祷、御朱印、すべて中止。。。

東勝寺宗吾霊堂の建物その他

仁王門をくぐって進んだ右手、池の向こうにある<鐘楼堂>。1952年建立。梵鐘鋳匠は仁王門と同じ人間国宝・香取正彦氏。全国百鐘の一つだそう。

東勝寺宗吾霊堂の本殿

本尊に佐倉宗吾を祀る<大本堂>。1921年建立。総銅瓦葺、十間四面総欅造り。

東勝寺宗吾霊堂の本殿

大本堂正面と扁額。

東勝寺宗吾霊堂の本殿

本堂手前右手にある<薬師堂>。銅板葺入母屋造、正面中央に千鳥破風を付けたお堂、薬師瑠璃光如来を祀る。元は佐倉宗吾とともに直訴し、佐倉領を追放となった五人の名主を祀った<五霊堂>。

東勝寺宗吾霊堂の建物その他

薬師堂正面と扁額。

東勝寺宗吾霊堂の建物その他

薬師堂の右隣にある<聖天堂>。東勝寺創建の坂上田村麻呂の持仏と伝わる<大聖 歓喜天尊像>を祀る。

東勝寺宗吾霊堂の末社

大本堂の右側にある<宗吾殿>。1954年に東京都台東区寿三丁目に建立された宗吾の供養堂が、2017年地区再開発に遭い当地に移築。

東勝寺宗吾霊堂の本殿

本堂の右奥にある<奥之院>。2002年建立。

東勝寺宗吾霊堂の建物その他

本堂の左奥にある<御一代記館>。有料ゾーン。

東勝寺宗吾霊堂の建物その他

本堂の左奥にある<宗吾霊宝殿>。本尊佐倉宗吾の遺品、関係文書などを展示。有料ゾーン。

東勝寺宗吾霊堂の本殿

大本堂の手前左手にある<大本坊>。1942年建立。信徒講社の食事、休憩、研修、宿泊に使用。

東勝寺宗吾霊堂の建物その他

仁王門近くにある<慈眼閣>。檀家信徒の休憩所、研修所。

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