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きくたじんじゃ

菊田神社のお参りの記録一覧
千葉県 京成津田沼駅

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なな
なな
2026年08月30日(日)37投稿

千葉県習志野市津田沼の菊田神社さんにお詣りしました。

■ご由緒・ご祭神
ご祭神は大己貴大神(大国主命)と藤原時平。
藤原時平といえば、菅原道真を大宰府に左遷したことで有名な人物です。菅原道真の文脈では祟られる側として登場する時平ですが、この神社では反対に祀られています。

神社の伝承によると、もとは「久久田大明神」と呼ばれ、平安初期には存在していたとのこと。その後、藤原氏の一族がこの地へ漂着して定住した際、祖先である時平を合祀したらしいです。最初から久久田大明神=オオクニヌシさまだったのか、のちにオオクニヌシさまに比定されたのかはわかりません。
また、「下総三山の七年祭り」と呼ばれる船橋市・習志野市・八千代市・千葉市にまたがる9つの神社が寄り集まって行うお祭りにおいて、菊田神社さんは「伯父」を演じるとのこと。
https://www.city.narashino.lg.jp/citypromotion/kanko/maturi/7nenmatsuri/sichinenmatsuri.html

ここからは個人的な想像ですが、上記の伝承を読んで私はアレクサンドロス以後のヘレニズム世界の融和政策を思い出しました。あちらでは、在地の神々を排除せずにギリシア神との対応関係を作ったり、同じ場所にお祀りしたりして、「我々の神さま」という形で祭祀が行われることで、ギリシアと現地の融和の一助になりました。
菊田神社さんにおいても、藤原系を名乗る集団がやってくる。すでに地域で久久田大明神さまが祀られている。「合祀して『うちの地域の神さま』にしよう」となる。構造が似ているような気がします。
菊田神社の合祀が意図的な融和政策だったという史料は私が調べた限りありませんので、ここまでが想像です。

■地名・水場
上記伝承にある通り、この辺りは昔は水場であったよう。「津田沼」という地名も水関係です。

「津田沼」という地名については習志野市が地名について説明していましたのでこちらを手がかりにします。
https://www.city.narashino.lg.jp/soshiki/somu/gyomu/shokai/yurai.html

ーーー
谷津(やつ)の「津」
+ 久々田(くぐた)の「田」
+ 鷺沼(さぎぬま)の「沼」
= 津田沼
ーーー
であり、
ーーー
「ヤツ」→高地や丘陵に入り込んだ谷・低湿地
「鷺沼」→昔この辺りに沼があり、白鷺が飛来したことに由来
ーーー
であるとのこと。

さらに、習志野市の海岸線は、江戸期や明治期の開発以前は現在の千葉街道、国道14号線から海側に数メートル~200メートル程度の位置にあったらしいです。
https://www.city.narashino.lg.jp/citypromotion/kanko/bunkahistory/rekishi/yatsukaizuka/chikei.html

歴史的農業環境閲覧システムから明治期の迅速測図を確認してみると、確かに海岸線が今よりもずっと近いです。
https://habs.rad.naro.go.jp/

大正6年起きた高潮災害の記録では、大きな船が京成津田沼駅の方に流れてきて、現在のJR線の土手で止まったのだとか。菊田神社が大ピンチでしたね。
https://www.city.narashino.lg.jp/citypromotion/shizen/walk/sansaku/h18/sansaku091.html

■境内社・石碑
大正元年11月に、区内各町の八坂神社、金刀比羅神社、大山祗神社、水神社、稲荷社、雷神社の御祭神を合祀したとのことで、実際に境内社がたくさんあります。

〇大杉神社(あんば様)
茨城・霞ヶ浦方面のローカル色の強い信仰です。
菊田神社公式によると、かつてこの地域で天然痘が流行した際、行商人が大杉神社のお札を持ち帰って菊田神社に納めて祀ったところ、病が治まったと伝えられています。信仰の伝播過程がわかります。

総本宮の茨城県稲敷市の大杉神社においては、
主祭神:倭大物主櫛甕玉大神(やまとのおおものぬしくしみかたまのおおかみ)
配祀神:大己貴大神(おおなむちのおおかみ)・少彦名大神(すくなひこなのおおかみ)
です。
また、「あんば様」は鎮座地の阿波(あば)に由来するとのこと。
https://oosugi-jinja.or.jp/

〇御嶽大神碑
「御嶽大神」と大きく書かれた石碑がございましたが、公式サイトの境内マップには番号が振られていませんでした。境内地図でいうと狛犬と八剱社の間にございます。
これがいったいなんなのかは資料を見つけられなかったのでわかりませんが、江戸後期から近代にかけて関東で盛んだった木曽御嶽講関連の祭祀物かと考えます。

〇八剱社
ヤツルギさまは特定の神さまを示す名称ではなく、刀剣信仰・武神信仰という共通点はあるものの地域によってヤマトタケルさまだったりスサノオさまだったりします。
なお、現在の習志野市鷺沼(旧久久田村)には今も八剱神社がございます。鷺沼村と久久田村が分かれた際、1678年に久久田にも八劔神社を新しく祀ったのだそう。

……あれ、ひょっとして菊田神社の八剱社は1678年に創建された八剱神社の系譜なのでしょうか。これは再訪時の宿題としておきます。

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