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ちばじんじゃ

千葉神社のお参りの記録一覧
千葉県 葭川公園駅

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Mon-k
Mon-k
2024年01月08日(月)160投稿

⛩️our video

https://youtu.be/AZJJZk_DRQM?si=IVTFcmJkVk5miCCQ

Chiba Shrine (千葉神社, Chiba-jinja) is a Shinto shrine located in Chūō-ku, Chiba City, Chiba Prefecture. Originally a Buddhist temple dedicated to the deity Myōken, the patron of the Chiba clan, it was converted into a Shinto shrine dedicated to Ame-no-Minakanushi (a kami in Japanese mythology conflated with Myōken) during the Meiji period.

Due to its historical status as one of the principal centers of Myōken worship in Chiba Prefecture associated with the Chiba clan, the shrine is also popularly known as Chiba Dai-Myōken (千葉大妙見, "Great Myōken [Shrine] of Chiba"), Myōken Hongū (妙見本宮, the ″Main Shrine (Hongū) of Myōken″), or simply as Myōken-sama (妙見様).

According to tradition, the Buddhist temple Hokutosan Kongōju-ji (北斗山金剛授寺[a]) was founded in the thirteenth day of the ninth month of the year 1000 (Chōhō 2) by the monk Kakusan (覚算), a son of Taira no Tadatsune (the paternal grandson of Yoshifumi), who then became its first abbot (大僧正 daisōjō or 座主 zasu). The temple was built at the command of Emperor Ichijō (reigned 986-1011) in thanksgiving for his recovery from an eye disease

The shrine's main deity is the god Ame-no-Minakanushi under the name 'Hokushin Myōken Sonjō-Ō' (北辰妙見尊星王, lit. "Venerable Star King Myōken of the North Star (Hokushin)").

The shrine's auxiliary deities are:

Futsunushi
Futsunushi (the warrior god of Katori Jingū in Katori, Chiba) is jointly worshiped here as the site where Chiba Shrine stands was originally part of the precincts of a nearby Katori branch shrine known as Innai Katori Shrine (院内香取神社, Innai Katori-jinja). As the 'landlord' of the Chiba Shrine grounds, certain deferential customs are observed during the shrine's week-long Myōken Taisai festival out of respect for Futsunushi.

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かおり
かおり
2023年12月12日(火)1878投稿

駅からの道は簡単なのと、通町公園があるのですぐにわかる。
しかあし!
え?鳥居がない。道間違えた?か!お寺?か!と思ってしまったのだ。

竜宮城のようなイメージでもあった。
境内には亀石が祀られている。妙見さまは亀に乗って来られるとか。亀といったら、やはり浦島太郎に竜宮城。

千葉県の中でも比較的大きな神社であるので、様々な神社の末社がある。こちらの神社、鳥居はあくまでも、他の神社の末社としてのもので、信仰は妙見信仰なのだ。

妙見菩薩というと、奈良斑鳩の法輪寺に行き着く。

妙見菩薩(みょうけんぼさつ)は、北辰尊星王(ほくしんそんしょうおう)ともいい、北辰(北極星)を仏格化した「星の仏さま」です。宇宙の中心・根源とされ、星々のなかで最高位にあり、五穀豊穣・天下泰平・一族繁栄・病気平癒・息災延命・商売繁盛・交通安全・学業成就・縁結びなど、あまねく願いをお聞きくださる諸願成就の仏さまです。 平安時代には現世利益を願う妙見信仰が広まり、中世には武士の軍神として、近世には諸願成就の仏として民衆の信仰を集めました。(法輪寺のページより)

妙見千葉神社。どうやら神仏習合の神社なのだろうか。その謎が少しばかりわかったのは、隣にある公園での説明書きであった。

今の千葉を作ったのは、「鎌倉殿の13人」にも登場する千葉常胤だ。
千葉氏から千葉の名前が付いた。この千葉氏は妙見信仰があったようなのだ。
ちなみに、この通町公園の辺りは、かつては寺院が幾つかあったらしいのだが、昭和20年の空襲で消失してしまっている。
とにかく、この辺りは千葉氏が築いたものであった。それを知ると同時に、妙見信仰についても学ぶことが出来たのだった。

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くろぶつ
くろぶつ
2025年07月19日(土)124投稿

過去の参拝記録です。この日近場で用事があり、終了後の夕刻に足を伸ばしました。千葉神社、主祭神の『妙見様(みょうけんさま)』とも呼ばれる『北辰妙見尊星王』は、人間に起こりうる病気・事故・怪我などの「厄(やく)」と呼ばれる人間の悪い星(=悪い運命)を取り除き 、善い星(=善い運命)へと導いていただけるとされています。
(千葉神社HPより)

平安末期、関東南部に大きな勢力を持っていた平良文を祖とする千葉氏、一族郎党の守護神として妙見様に熱烈な信仰を捧げて来ました。その後、千葉氏は現在の千葉エリアに根を張り、それまで惣領の住む城内でお祀りされていた妙見様の御本霊(=御神体)を北斗山金剛授寺にお遷しし、以前からお祀りされていた御分霊と合祀してお祀りすることとなりました。

千葉氏は、源頼朝が平家打倒の為挙兵した際に大いに頼りとした豪族。頼朝自身、この妙見神を篤く敬い、平家打倒の願を掛けて実現した経緯があります。同寺は徳川家康からも篤く崇敬を受け、歴代徳川将軍より数々の神領・特権を得ています。
明治の世になり、明治2年の「神仏分離令」が契機となり、「千葉神社」と改称されて現在に至っています。

千葉氏は妙見神を熱烈に信仰し、この千葉の地の統治に成功しました。「道教・陰陽道や易学・九星気学・風水学の根幹となる特殊神であり、あらゆる守護能力を発揮する神様」として庶民間に広く尊崇されていた妙見様。平安末期、争いの絶えなかった坂東(関東)の地で、千葉氏は世の理を明らかにする存在としての妙見神を守護神とし、その力を持って自らこの地を統べようとする姿勢を領民に対し示そうとしたのではないか。(私見です。)
千葉氏を大いに頼りにした源頼朝、後北条氏滅亡後に関東入りした徳川家康も、その千葉氏の「セルフプロデュース力(?)」に一目置き、参考にすらしていたのではないか。明治に至るまで、歴代将軍から厚遇を得て来たのには、やはり理由があったのでしょう。

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