しちのへじんめいぐう
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青森県 上北郡 七戸町 七戸 に鎮座している、七戸神明宮、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、2025に参拝致しました、神社様対応も親切な対応で直書き御朱印頂けます、どの様な神社か引用を用いて調べて見ました。御祭神は 大日孁貴 (オオヒルメノムチノミコト天照大御神の 別呼称) 創建は応永3年(1396)、南部政光(根城城主、七戸氏の祖)が七戸城に赴任した際、領内の総鎮守として勧請したのが始まりと伝えられています。創建当初は新町にあり鎮座していましたが寛文4年(1664)、盛岡藩4代藩主南部行信の命で盛田喜右衛門が社地を寄進した南町に遷座し(宝暦6年:1756年とも)、文化8年(1811)に浦田官蔵が社地を寄進した事で現在の役場附近に遷座、さらに明治14年(1881)に現在地である旧七戸城本丸に遷座の許可を得て明治26年(1893)社殿の竣工をもって改めて遷座しています。
明治6年(1873)に郷社に列したのを受け近郷から柏形稲荷神、稲荷五社神、住吉神、新山神、八幡宮、事比羅神、須賀神、天満宮、蒼前神、秋葉神、坂本稲荷神、福田稲荷神、黒滝神が境内に遷座し文字通り当地域の総鎮守となり明治43年(1910)には神饌幣帛供進社に指定されています。
七戸神明宮は創建以来、歴代領主となった南部氏や七戸氏から崇敬庇護され神領の寄進や社殿の造営が行われ盛岡藩10代藩主南部利敬が奨励した親孝行踊り(「親孝行勧めの歌」に合わせ舞いを振り付けたもので、当初は藩の役人が七戸の良家の子女を集め稽古をつけ藩の重要行事として上演され、神明宮の例祭に奉納されていました。)は古式を伝える行事として貴重な事から七戸町無形文化財に指定されています。
七戸神明宮拝殿は木造平屋建て、入母屋、銅板葺き、平入、桁行6間、正面1間軒唐破風向拝付き、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ。本殿は神明造、銅板葺き
境内・文化財
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応永3年(1396年)根城南部8代当主政光の勧請により建立され、南部氏をはじめ七戸管内一円の総鎮守府として広く崇敬を集めてきた。何度か場所を移し、明治14年(1881年)に南部氏の居城だった七戸城(柏葉城)跡地である現在地に遷座された。
七戸神明宮の基本情報
| 名称 | 七戸神明宮 |
|---|---|
| 読み方 | しちのへじんめいぐう |
| 通称 | 神明さま |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 0176-62-2514 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
詳細情報
| ご祭神 | 《主》大日孁貴尊 |
|---|---|
| 創建時代 | 1396年(応永3年) |
| ご由緒 | 応永3年(1396年)根城南部8代当主政光の勧請により建立され、南部氏をはじめ七戸管内一円の総鎮守府として広く崇敬を集めてきた。何度か場所を移し、明治14年(1881年)に南部氏の居城だった七戸城(柏葉城)跡地である現在地に遷座された。 |
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