しちのへじんめいぐう
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楽しみ方七戸神明宮のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年05月19日(火) 07時16分14秒
参拝:2025年5月吉日
青森県 上北郡 七戸町 七戸 に鎮座している、七戸神明宮、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、2025に参拝致しました、神社様対応も親切な対応で直書き御朱印頂けます、どの様な神社か引用を用いて調べて見ました。御祭神は 大日孁貴 (オオヒルメノムチノミコト天照大御神の 別呼称) 創建は応永3年(1396)、南部政光(根城城主、七戸氏の祖)が七戸城に赴任した際、領内の総鎮守として勧請したのが始まりと伝えられています。創建当初は新町にあり鎮座していましたが寛文4年(1664)、盛岡藩4代藩主南部行信の命で盛田喜右衛門が社地を寄進した南町に遷座し(宝暦6年:1756年とも)、文化8年(1811)に浦田官蔵が社地を寄進した事で現在の役場附近に遷座、さらに明治14年(1881)に現在地である旧七戸城本丸に遷座の許可を得て明治26年(1893)社殿の竣工をもって改めて遷座しています。
明治6年(1873)に郷社に列したのを受け近郷から柏形稲荷神、稲荷五社神、住吉神、新山神、八幡宮、事比羅神、須賀神、天満宮、蒼前神、秋葉神、坂本稲荷神、福田稲荷神、黒滝神が境内に遷座し文字通り当地域の総鎮守となり明治43年(1910)には神饌幣帛供進社に指定されています。
七戸神明宮は創建以来、歴代領主となった南部氏や七戸氏から崇敬庇護され神領の寄進や社殿の造営が行われ盛岡藩10代藩主南部利敬が奨励した親孝行踊り(「親孝行勧めの歌」に合わせ舞いを振り付けたもので、当初は藩の役人が七戸の良家の子女を集め稽古をつけ藩の重要行事として上演され、神明宮の例祭に奉納されていました。)は古式を伝える行事として貴重な事から七戸町無形文化財に指定されています。
七戸神明宮拝殿は木造平屋建て、入母屋、銅板葺き、平入、桁行6間、正面1間軒唐破風向拝付き、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ。本殿は神明造、銅板葺き
明治6年(1873)に郷社に列したのを受け近郷から柏形稲荷神、稲荷五社神、住吉神、新山神、八幡宮、事比羅神、須賀神、天満宮、蒼前神、秋葉神、坂本稲荷神、福田稲荷神、黒滝神が境内に遷座し文字通り当地域の総鎮守となり明治43年(1910)には神饌幣帛供進社に指定されています。
七戸神明宮は創建以来、歴代領主となった南部氏や七戸氏から崇敬庇護され神領の寄進や社殿の造営が行われ盛岡藩10代藩主南部利敬が奨励した親孝行踊り(「親孝行勧めの歌」に合わせ舞いを振り付けたもので、当初は藩の役人が七戸の良家の子女を集め稽古をつけ藩の重要行事として上演され、神明宮の例祭に奉納されていました。)は古式を伝える行事として貴重な事から七戸町無形文化財に指定されています。
七戸神明宮拝殿は木造平屋建て、入母屋、銅板葺き、平入、桁行6間、正面1間軒唐破風向拝付き、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ。本殿は神明造、銅板葺き
すてき
投稿者のプロフィール

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宮城県 石巻市に在住、元々出張で日本各地を訪れる機会が在り思い出作りに道の駅スタンプラリーにも参加、気がつけば全国制覇者2022年第184号、今は休日 旅行で全国各地の食べ物、景色、温泉を探索、...もっと読む
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