りゅうかいいん|曹洞宗|満珠山
龍海院のお参りの記録一覧
別名「是之字寺」といいます。
「是」という字を分解すると、「日」「下」「人」になります。いわゆる「天下人」ということらしい。
コンサートホールの様な本堂
樹齢は推定150年ほど。
常緑樹で新芽が出る時にいっせいに古い葉を落とすことから、掃除の小僧さんを困らせるため「小僧泣かせのたぶの木」と名付けられています。
観音堂
観音堂内
三河三十三観音霊場巡りの9寺目は、岡崎市に在る第7番の満珠山 龍海院 是字寺(ぜのじでら)です。8寺目の無量寺から北東へ約700mの所です。
曹洞宗で、本尊は釈迦牟尼、札所本尊は聖観音菩薩と馬頭観音菩薩。
家康の祖父・松平清康が20歳の元旦に、左手に「是」の字を握る初夢を見た。これを龍渓院の模外禅師に尋ねた所、「是」は「日、下、人」という字で出来ており、「日の下の人」すなわち「是の字を握るは天下を取る事なり」と答えられたので、1530年に清康は模外禅師を開山として龍海院を建立したと伝わります。(ここから是字寺とした)
清康は家臣・酒井正親を自分の名代として龍海院の護持に当たらせ、以降、龍海院は酒井家の菩提寺となった。1945年の岡崎空襲で多大な被害を受けたが、1970年に本堂が再建されたとの事です。
名鉄·東岡崎駅の近く、山門前に着きましたが駐車場への入口がわかりません。東へ西へ行きましたがやっぱりわかりません。仕方無いので山門前の路肩に車を停めて、山門をくぐると左側に10台停めれる駐車場があります。何処から入るのかな?と眺めたら右側(西側)の細い路地から入れる事を確認したので、車に戻って回り込んで駐車場に停めました。
まあまあ新しいデカい建物が目に入ります。兎に角、屋根がデカい。どうみても本堂。本堂の扉には鍵が掛かっていましたが、中を覗くと法要の準備でしょうか椅子を運んでいらっしゃる方がいます。横の扉が開きましたので「観音霊場を廻っています。」と話したら「手前にあるお堂の方です。」と。本堂の中はめっちゃ広くて須弥壇の本尊の遠い事。
少し引き返してお堂に。(観音が祀られているお堂の前には「南無観世音菩薩」等の奉納された赤いノボリが多数立てられていますが、ここには1本も立っていなかったため観音堂とはわからなかった。)こちらのお堂の扉も鍵が掛かっていました。中を覗くと観音像は見えますが、よくわかりません。諦めて手を合わせてから、セルフ用御朱印がありましたのでセルフで朱印を押印しました。
御朱印
山門
鐘楼
観音堂
本堂
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