とろはちまんぐう
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土呂八幡宮のお参りの記録(1回目)
投稿日:2024年06月05日(水)
参拝:2024年4月吉日
八幡宮(土呂八幡宮)さんの御祭神は、応神天皇(おうじんてんのう)、天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)、白山姫命(しらやまひめのみこと)、伊雑大神(いざわのおおかみ)、罔象女命(みずはのめのみこと)です。
創建は奈良朝の末年か平安朝の初期と思われますが、三河一向一揆の際に戦火を被り縁起・社歴等は焼失され、詳細は不明だそうです。
元々は摂社末社・随神門・神宮寺もあり、付近一帯の鎮守産土神として尊敬厚き総社でした。
ですが1467〜1469年、真宗本願寺第8世蓮如上人が当地に来て、神宮寺の側にお寺(本宗寺)を建立し三河門徒の拠点地となると、浄土真宗が隆盛しました。
そして1563年、安城市にある本證寺をはじめ一向宗が蜂起すると、翌年に徳川家康公に攻められ、本宗寺とともに土呂八幡宮さんの社殿も焼失しました。
その後、家康公の家臣 石川数正が平定に努めると同時に、八幡宮の社殿を造営し、鏡二面を奉納したと伝わっています。
ちなみに現在の社殿は、1619年再建のものです。
また御朱印と由緒書きをいただいた時に、境内についてもご説明してくださり、とても興味深く楽しかったです!
改めて、ゆっくり境内を散策させていただきました。
ただ社務所不在日もあるようです。
帰宅後に調べてみたら、HPに記載がありました(急きょ不在日が増える場合があるそうですが、目安になるかと思います)。
しだれ桜も素敵で岡崎百景に選ばれたそうなので、是非また参拝したいです🌸
創建は奈良朝の末年か平安朝の初期と思われますが、三河一向一揆の際に戦火を被り縁起・社歴等は焼失され、詳細は不明だそうです。
元々は摂社末社・随神門・神宮寺もあり、付近一帯の鎮守産土神として尊敬厚き総社でした。
ですが1467〜1469年、真宗本願寺第8世蓮如上人が当地に来て、神宮寺の側にお寺(本宗寺)を建立し三河門徒の拠点地となると、浄土真宗が隆盛しました。
そして1563年、安城市にある本證寺をはじめ一向宗が蜂起すると、翌年に徳川家康公に攻められ、本宗寺とともに土呂八幡宮さんの社殿も焼失しました。
その後、家康公の家臣 石川数正が平定に努めると同時に、八幡宮の社殿を造営し、鏡二面を奉納したと伝わっています。
ちなみに現在の社殿は、1619年再建のものです。
また御朱印と由緒書きをいただいた時に、境内についてもご説明してくださり、とても興味深く楽しかったです!
改めて、ゆっくり境内を散策させていただきました。
ただ社務所不在日もあるようです。
帰宅後に調べてみたら、HPに記載がありました(急きょ不在日が増える場合があるそうですが、目安になるかと思います)。
しだれ桜も素敵で岡崎百景に選ばれたそうなので、是非また参拝したいです🌸
すてき
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