はりつなじんじゃ
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【尾張国 式内社巡り】
針綱神社(はりつな~)は、、愛知県犬山市大字犬山字北古券にある神社。式内社で、旧社格は県社。祭神は尾治針名根連命、玉姫命、菊理姫命、建筒草命、建稲種命、尻調根命、大荒田命、伊邪那岐命、大己貴命、建多乎利命、尾綱根命。濃尾の総鎮守とされる。犬山祭は当社の例祭。尾張五社の1社とされる(※)。
創建は不詳。主祭神の尾治針名根連命は、天火明命の子孫で、尾綱根命の子であり、尾張氏一族とされる。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「尾張国 丹羽郡 針網神社 小」に比定されている。戦国時代の1537年、織田信康が自ら手彫りの狛犬一対をほうぼうして安産祈願をしたことから、以降安産、子授けに御利益があるとされる。また同年、もともとの鎮座地は犬山城天守閣付近であったが、織田信康が白山平(現日本モンキーパーク付近)に移転させた。その後1606年に犬山城主・小笠原吉次が犬山城城下町の名栗町に移転させ、歴代犬山城主の祈願所となるとともに、庶民の信仰を集め、「白山妙理権現」、「白山針綱大神宮」と称された。この頃から犬山祭の原型が形成された。明治時代に入り、村社に列したが間もなく郷社に昇格、1882年には現在地に遷座するとともに県社に列格した。
当社は、名鉄各務原線・犬山遊園駅の南西道のり1kmほどの、犬山城の南側にある。木曽川南岸の小山の上にあって、犬山城、針綱神社、三光稲荷神社、犬山神社がセットになって一つの観光地を形成しており、針綱神社の鳥居の南側に伸びる参道は、長い観光商店街のようになっている。境内は犬山城址の一部ということで、平らな部分が少なく広くはないが、少ないスペースにたくさんの境内社が建っていて、神社好きからすると丁寧に見て廻るのが大変で楽しい。最上部にある社殿周りからは犬山市の市街地も見えるし、国宝・犬山城もすぐ近く。
今回は、尾張国の式内社、愛知県の旧県社であることから参拝することに。参拝時は休日の夕方、それでも観光地であるため、参拝者がぱらぱらと絶えることなく訪れていた。
※尾張五社とは、尾張藩士で国学者の天野信景(1661年~1733年)の著した『尾張五社略記』に記載される尾張国を代表する五つの神社。熱田神宮、尾張大國霊神社、津島神社、針綱神社、千代保稲荷神社を指す(説あり)。
※自分は今回、当社を夕方に参拝したため、犬山城の参観時間に間に合わなかったが、立地からしても針綱神社と国宝・犬山城はセットで観光すべきでしょうね。(^_^;)
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三光稲荷神社のお隣なので、合わせて参拝しました。
主祭神は尾治針名根連命(オワリハリナネムラジノミコト)。
尾張氏の祖先神で尾張国一宮の真清田神社の祭神でもある天火明命(あめのほあかりのみこと、太陽神、農業神)の十四世孫にあたるとされる。
配神は玉姫命(タマヒメノミコト、または豊玉姫トヨタマヒメ、海神、龍神)、伊邪那岐命(イザナギノミコト、創造神、国生みの神)、菊理姫命(ククリヒメノミコト、縁結びの神)、大己貴命(オオナムチノミコト、大国主命とも)、建筒草命(タケツツクサノミコト)、建多乎利命(タケタオリノミコト、古代日本の豪族・尾張氏の人物)、建稲種命(タケイナダネノミコト、古墳時代の豪族・尾張国造の一人)、尻調根命(シヅキネノミコト、尾綱根命とも、建稲種命の息子)、大荒田命(オオアラタノミコト、玉姫命の父)
愛知県のおすすめ2選🎍
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