おわりふじおおみやせんげんじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方尾張冨士大宮浅間神社のお参りの記録一覧
絞り込み

今夏は、熱中症ならぬ熱射病罹ってしまったので10数年ぶりに
不参加となりました。
まぁそれでもお参りだけはしておこうと思い、臨時社務所横にある本殿で
行けない旨と来年は体調を見て参加不参加決めますとお祈りしてきました。
臨時社務所ではすでに御朱印のみが完売
確か昨年は用意されていなくて他も参拝者共に憤慨していたのを記憶にありますが(その時にいた参拝者も私より経験者の方々)今夏はあったのね&お昼前には無くなってしまっているのねということに驚きを隠せなかったです。
今夏は特に気温が体温越えということもあり不参加多いのでは?
とも思っていました。
総代さんによれば、いずれこの気温では、、、。
との事で、江戸期から続く伝統的な行事なので時期を繰り上げる繰り下げるという訳にはいかないんだろうねと思いつつ、でもきっと見方も変えないといけない時期になっているのかも知れないねとポツリ。
ちょっと考えさせられましたね。
一昨年の夏に県指定の無形文化財に登録されたのをきっかけに更なる試みもなされた結果として石上げ祭りのスタッフの方が着込んでいるTシャツ👕の販売があり自身様に購入(御朱印よりは値段高く一着三千円)しました。
今のお子さんたちが着られる体操着と同じ様な材質との事で。
今思えばもう一着買うのもありかなと思ったのだけど、来年以降の楽しみにできればと思います。
「ちょっと~、あんたらいつまで寝とりゃあすの。はよ、おきやーて。」
「おたく、どちらさん?」
「私かね、このはな、だけど。」
「えっ!このはなさんて、まさかあの木花さん。」
「ホーだがねぇ。」
「その木花さんが何かよーかね?」
「聞いたってちょう。ゴーが煮えて、ゴーが煮えてたまらんわ!」
「何をそんなにおこっとりゃせる?」
「隣の尾張本宮山よりウチの尾張富士の方が20mばかし低いってどーいうことぉ!」
「どーいうこと!といわれましても。自然の摂理でできた山ですから。」
「いーかい、よくきゃあよ、富士と名のる以上一番でなくちゃあいけないの。ましてや、隣の本宮山ごときに引けを取ってしまっては、あたしのメンツ関わるの。分かる!」
「まぁ何となく、でも、ウチの尾張富士は高さよりも形重視なので。」
「あっそう!あんたらがそんな考えなら、あたしにも考えがある!」
「えっ!どーするつもりですか!」
「恋愛と靴下の片一方はいつかは無くなるものなの。あたしらの関係もこれまでね。ジャーね!」
「ちょちょちょっと待って下さい。どちらへ。」
「帰るの、静岡の実家。」
「分かりました!何とかします!ですので実家だけは。」
「分かったわ、そこまで言うのなら、あんたらの言葉を信じるわ!」
「必ずや!ご期待に添えるよう頑張ります!」
「とはいったものの、どーすりゃいいんだー」
「木曽川の大きな石を積み上げてみたら。」
「そんな子供だましみたいなことで、納得するかなぁ?」
「やるっきゃないです!」
・・・と、いうことで尾張の奇祭「石上げ祭」が始まったのでした。チャンチャン。
もっと読む

尾張冨士大宮浅間神社へ参拝に上りました⛩️
御祭神
木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)
天照大御神(アマテラスオオミカミ)
御由緒
大宮浅間神社の創建は、天平元年(七二九年)二月に邇波県主の裔、道直の観請によって建立された。
初め山頂に鎮座したが、祭祀・参詣に不便であり山麓に遷された。当時神社内に、大日霊社を別に祀ってあったが、天正年中(一五七三年~一五九一年)に合祀された。
古くから、武将や名門の信仰が厚く、織田信長は社殿を造営寄進し、また、犬山城主の小笠原和泉守吉次からは、山林や田畑の寄進を受けた。さらに、徳川・成瀬の両家からも種々の神宝の奉納があり、毎年、国家安泰の祈願がなされた。
神社の御山は、駿河国の冨士山と型がよく似ているので「尾張冨士」と称し、本宮・中宮・奥宮に同神を祀り、一般の参拝に便利よくした。
また境内には、十八社の末社(神明社・熊野社・伊豆社・白山社・日吉社・鹿島社・三島社・箱根社・冨士浅間神壐社・釜岩社・日之御子社・中宮社・三輪社・八幡社・戸隠社・宗形社・大社・猿田彦社)が祀られている。
天下の奇祭 石上げ祭
石上げ祭は、「山の背くらべ」伝説にあるように、
昔ある信者が尾張冨士に登り願い事を石に記して祈願したときの事です。
その夢枕に御祭神「木花開耶姫命」が現れ、
尾張冨士が隣の本宮山より低いことを大いに嘆かれました。
そこで信者は、木曽川の清浄な石を拾い上げ、
山頂に積み上げましたところ不思議にも願いが叶ったとのこと…。
そのことが村から村へと伝わり、相次いで大石を奉納して
富貴長命、子孫繁栄、五穀豊穣を祈願したのが石上げ祭の始まりであります。
石上げの祭りの起源は「古くから…」と伝えられておりますが、
約160年程前の江戸時代、天保7年(1836)「天保の大飢饉」の翌年の年から盛大になり、最盛期は大正から昭和の時代前半にかけてであります。
またこの石上げ祭は、古来陰暦の6月1日に行われていましたが、
現在は毎年8月の第1日曜日に行われています。




石上げ祭に参加し限定御朱印お受けしました。
石上げ祭りは犬山市の奇祭であり江戸後期より始められている様です。
今では、毎年8月第一日曜に開催されています。
コロナ禍でしばらくは粛々とされていましたがm今年は4年ぶりとの事で
人、人、人と多くいらっしゃいました。地元の中学生(全員では無い)の一年生諸君も担いで登って来られましたね。
以前は(20年近く前)木も剪定伐採され景色ももっと見やすかったそうです。
今はなかなか高く育った木々が多く手入れが難しいようです。
御朱印は、昨年枚数限定で出されていましたが、今年は予め情報を入手していたのでお受けすることができました。社務所(祭事用の)で販売されていたので、予め宮司が書かれて用意をなされていたと思います。
奥の院で登った際に登頂記念のスタンプがあるので、それを御朱印用紙の余白に押印して自身用の御朱印にすることも出来そうですね。



献灯申し込みに行ってきました。
御朱印も、カラー色になっていたこと知らなかったです。

尾張富士 の御朱印書置きです。
桜と富士山の押印あります。
春夏秋冬によって変わるそうです、まだ春の物なので、
7月から新しく替わります
(7月〜9月・10月〜12月・1月〜3月・4月〜6月でしょうか?)

カラー色の御朱印書置きです。
金墨で、木花咲耶姫命と書かれています。
愛知県のおすすめ2選🎌
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ


























































