つつみはりじんじゃ
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【尾張国 式内社巡り】
堤治神社(つつみはり~)は、愛知県一宮市小信中島字宮浦にある神社。式内社で、旧社格は県社。祭神は埴安姫神(はにやすひめのかみ)、天照皇大神 。通称、「堤治神社(ていじ/ていち~)」。
社伝によると、創建は飛鳥時代の706年、『続日本紀』にも記された木曽川の大洪水があり、その堤防鎮守の守護神として、埴安姫神を勧請したのが始まり。ただ、社地周辺は創建後もたびたび洪水があり、本来の所在地や遷座地には不明な点が多い。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「尾張国 中島郡 堤治神社 小」に比定されている。安土桃山時代の1594年、豊臣秀吉は木曾川の築堤に際し、五三の桐を透彫した銅製の釣燈籠を献進。また、江戸時代の1610年、伊奈忠次は堤防修築にあたり、水に蛇籠のこしらえがある象高作有銘の短刀を奉献。
1650年、未曽有の大洪水が発生、尾張藩2代藩主・徳川光友は当社に祈願を命じ、金城鎮護の浄砂一握りを三つ葉葵の紋付きの白木唐櫃に納め、刀一振りとともに奉納。1687年と1691年にも洪水があり、光友は自身の代で度重なる洪水を遺憾として、現存する常夜燈を奉納。1838年、11代藩主・徳川斉温は自筆の「満歳緑毛亀」の軸を奉納、美濃高須藩10代藩主・松平義建は「栖神法窟」の額面を奉納した。江戸期までは、尾張国一之宮の真清田神社の境外末社であったが、明治時代に入り独立し村社に列し、その後、県社に昇格した。
当社は、名鉄尾西線・奥町駅の西南西1.5kmの木曽川東岸の堤防そばにある。周りは閑静な住宅街。境内は広く、社殿等構造物も大きく、多くの古木に覆われ、古社ならではの厳かな雰囲気が漂っている。社殿北側にある境内社を含め、丁寧に見て廻ると見応えは十分。
今回は、尾張国の式内社、愛知県の旧県社であることから参拝することに。参拝時は平日の午後、大雨ということもあって、自分以外には参拝者はいなかった。
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