すさきじんじゃ
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2017年4月4日に初めて参拝させて頂きました。
堀川、名古屋高速、ビジネスビル、100m道路に囲まれている狭い場所に樹木に囲まれた異空間となっているのが、洲崎神社です。
中は、本殿、白龍社、石神、十二支神などの神様が狭い空間の中でごった返している感じです。
名古屋市史社寺編(大正4年版)に拠りますと、
社伝から、貞観年間(859~877年)頃に出雲国の稲田宮の神を勧請し、この地に祀ったのが始まりのようです。勧請した土地は東北は崖で南には谷があり西に入海を望む地だったようです。
境内は広大で椋の木、榎の木、樫の木、松の木などが密生し、椋の森と呼ばれていたそうです。
今もある八角堂の清水が洲崎神社の御手洗の神水として使われていたそうです。
祭神は素戔嗚尊(中央)、五男三女神(左)、稲田姫命(右)ですが、明治45年(1912年)に布都御魂(石神社祭神)が合祀されました。
慶長15年(1610年)に福島正則によって堀川が開削された後、尾張藩主かわ日置村の土地を禰宜の屋敷として賜り、以後は金銀や什器の寄進を受けました。
寛政12年(1800年)、祠官の家が火災に遭い古文書等を多く失いました。
元和3年(1617年)、寛永18年(1641年)、承応2年(1653年)、寛文10年(1670年)、元禄4年(1691年)等に社殿の修造、遷宮を行いました。
明治時代以前は廣井天王、牛頭天王社、天王崎神社などと呼ばれていました。
明治10年(1877年)に大須に設けられた旭廊からの信仰が厚く、大正12年(1923年)に旭廊が中村に移っても天王祭りを廓内で行っていたそうです。
前にも書きましたが明治45年(1912年)には石神社を合祀しました。
昔から今まで中区大須1丁目に鎮座しています。

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