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すさきじんじゃ

洲嵜神社のお参りの記録(1回目)
愛知県大須観音駅

投稿日:2026年05月29日(金) 22時02分55秒
2017年4月4日に初めて参拝させて頂きました。
堀川、名古屋高速、ビジネスビル、100m道路に囲まれている狭い場所に樹木に囲まれた異空間となっているのが、洲崎神社です。
中は、本殿、白龍社、石神、十二支神などの神様が狭い空間の中でごった返している感じです。
名古屋市史社寺編(大正4年版)に拠りますと、
社伝から、貞観年間(859~877年)頃に出雲国の稲田宮の神を勧請し、この地に祀ったのが始まりのようです。勧請した土地は東北は崖で南には谷があり西に入海を望む地だったようです。
境内は広大で椋の木、榎の木、樫の木、松の木などが密生し、椋の森と呼ばれていたそうです。
今もある八角堂の清水が洲崎神社の御手洗の神水として使われていたそうです。
祭神は素戔嗚尊(中央)、五男三女神(左)、稲田姫命(右)ですが、明治45年(1912年)に布都御魂(石神社祭神)が合祀されました。
慶長15年(1610年)に福島正則によって堀川が開削された後、尾張藩主かわ日置村の土地を禰宜の屋敷として賜り、以後は金銀や什器の寄進を受けました。
寛政12年(1800年)、祠官の家が火災に遭い古文書等を多く失いました。
元和3年(1617年)、寛永18年(1641年)、承応2年(1653年)、寛文10年(1670年)、元禄4年(1691年)等に社殿の修造、遷宮を行いました。
明治時代以前は廣井天王、牛頭天王社、天王崎神社などと呼ばれていました。
明治10年(1877年)に大須に設けられた旭廊からの信仰が厚く、大正12年(1923年)に旭廊が中村に移っても天王祭りを廓内で行っていたそうです。
前にも書きましたが明治45年(1912年)には石神社を合祀しました。
昔から今まで中区大須1丁目に鎮座しています。
洲嵜神社(愛知県)
2017年4月19日撮影
洲崎神社の入口です。大きな柱標と木造鳥居が建っています。
洲嵜神社(愛知県)
2017年4月4日撮影
洲崎神社の第二鳥居です。
洲嵜神社(愛知県)
2017年4月4日撮影
第二鳥居からの参道とその先の拝殿です。
洲嵜神社(愛知県)
2018年2月21日撮影
拝殿から本殿を奉拝させていただきました。
洲嵜神社(愛知県)
2017年4月19日撮影
洲崎神社の隣りに鎮座する白龍龍壽社の入口の赤鳥居です。
洲嵜神社(愛知県)
2018年2月21日撮影
白龍龍壽社の本殿です。本殿の前に狛犬ならぬ狛へびが鎮座しています。
洲嵜神社(愛知県)
2018年2月21日撮影
洲崎神社拝殿の脇に祀られている石神です。祭神は布都御魂と道祖神(猿田彦命と天鈿女命)です。
洲嵜神社(愛知県)
2018年2月21日撮影
下に見える岩が石神の依り代だと思います。ここでは道祖神を前に出して交通安全をご利益として強調しています。
洲嵜神社(愛知県)
2018年2月21日撮影
摂社の十二支神のうち寅神です。
洲嵜神社(愛知県)
2018年2月21日撮影
えんむすびの神です。これも神祠でなく岩を依り代としています。
洲嵜神社(愛知県)
2026年5月19日撮影
洲崎神社に関する古文書を集めて貼り付けた説明板です。
洲嵜神社(愛知県)
2026年5月19日撮影
こちらも洲崎神社に関する古文書を集めて貼り付けた説明板です。
洲嵜神社(愛知県)
2026年5月19日撮影
洲崎神社の由緒書です。
洲嵜神社(愛知県)
2026年5月19日撮影
由緒書の後ろに洲崎神社と石神社が刻まれた石標が建っています。
洲嵜神社(愛知県)
2026年5月19日撮影
洲崎神社と白龍龍壽社の入口をまとめて写しました。
洲嵜神社(愛知県)
2026年5月19日撮影
洲崎神社全景です。周りはコンクリートのビルでありながら神社だけは樹木がたくさん植えられています。この狭い空間が異世界になっています。

すてき

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