さいほういん
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西方院のお参りの記録(1回目)
投稿日:2023年04月09日(日)
参拝:2023年4月吉日
笠寺観音(笠覆寺)の西門を出て、道路を挟んだ所に在る天林山 西方院を参拝しました。
笠寺観音の塔頭の1つです。別名は笠寺明王。
真言宗智山派で、本尊は不動明王。
本堂手前にある明王堂には烏瑟沙摩(うすさま)明王が祀られており、通常は閉扉された厨子の中のため観れませんが、笠寺観音の本尊開帳に合わせて厨子が開帳(開扉)されます。
烏瑟沙摩明王は、平安時代末期の武将・木曽義仲の母親の念持仏で、母親亡き後に女中が祀っていたが、義仲が討たれた後を追う際に仕えていた河地、今井の両名に託し、河地家の秘仏として祀っていた。河地家の子孫が僧となり、ある時に見た霊夢のお告げにより西方院に遷したとの事です。
北側と南側の両方から入れますが、寺号柱は南側にあるので、南側が正規の入口の様です。山門(中門?)がありましたがそれは本坊への門で、門の手前にあるお堂に人が居たのでそれが本堂だと思い、その前で手を合わせました。すると「烏瑟沙摩明王を開帳しているので、上がって観てくれ。」との事でしたので上がらせて頂きました。烏瑟沙摩明王は、50cm位の小像で、明王ですが忿怒相ではなく、何となく可愛らしいお顔でした。(写真はありません。ネットでも見付かりませんでした。)
御朱印の事をお聞きすると本尊の不動明王と烏瑟沙摩明王の2種あると言われて、恥ずかしながら初めて本尊は不動明王と知りました。折角ですので開帳されていた烏瑟沙摩明王の御朱印をお願いしました。待っている間に山門をくぐり、本堂へ行って本尊に手を合わせて来ました。
笠寺観音の塔頭の1つです。別名は笠寺明王。
真言宗智山派で、本尊は不動明王。
本堂手前にある明王堂には烏瑟沙摩(うすさま)明王が祀られており、通常は閉扉された厨子の中のため観れませんが、笠寺観音の本尊開帳に合わせて厨子が開帳(開扉)されます。
烏瑟沙摩明王は、平安時代末期の武将・木曽義仲の母親の念持仏で、母親亡き後に女中が祀っていたが、義仲が討たれた後を追う際に仕えていた河地、今井の両名に託し、河地家の秘仏として祀っていた。河地家の子孫が僧となり、ある時に見た霊夢のお告げにより西方院に遷したとの事です。
北側と南側の両方から入れますが、寺号柱は南側にあるので、南側が正規の入口の様です。山門(中門?)がありましたがそれは本坊への門で、門の手前にあるお堂に人が居たのでそれが本堂だと思い、その前で手を合わせました。すると「烏瑟沙摩明王を開帳しているので、上がって観てくれ。」との事でしたので上がらせて頂きました。烏瑟沙摩明王は、50cm位の小像で、明王ですが忿怒相ではなく、何となく可愛らしいお顔でした。(写真はありません。ネットでも見付かりませんでした。)
御朱印の事をお聞きすると本尊の不動明王と烏瑟沙摩明王の2種あると言われて、恥ずかしながら初めて本尊は不動明王と知りました。折角ですので開帳されていた烏瑟沙摩明王の御朱印をお願いしました。待っている間に山門をくぐり、本堂へ行って本尊に手を合わせて来ました。
すてき
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nomuten1092投稿
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