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本日は遠州流の点初めへ。
いつも家元宗家に伺う際は、早めについてお参りします。
以下は今年の感想です。
【遠州流の点初めへ〜茶道は日本文化の総合芸術〜】
遠州流の点初め(たてぞめ)に、いつもお世話になっている円覚寺の横田南嶺老師と、昨年に続いて参加させていただきました。
遠州流とは、小堀遠州公を祖とする武家茶道です。
小堀遠州公は、千利休、古田織部に続く茶人でありながら、
名古屋城、二条城、駿府城などのお城や、桂離宮、江戸城の二の丸庭園なども手がけた方です。
その遠州流14代の小堀宗以さんとは、ここ数年、一緒にお寺に通うなど、お世話になっています。
点初めでは、まずはお菓子をいただき、濃茶席があり、点心をいただき、最後に薄茶席がありました。
はじめの濃茶席が、とにかく緊張します。
お正客の横田老師の隣で、次客をつとめさせていただきました。本来であれば、末席に座るような身分でありながら、有難いばかりです。
令和8年歌会始のお題である「明」が随所に感じられる時間でした。
お伝えしたいことはたくさん思い浮かぶのですが、
点初めの具体的な内容は書けないので、茶道についてあらためて感じたことを書きます。
【茶道は日本文化の総合芸術】と、よく言われます。
5年ほど前、仏像を彫る仏師さんに、日本文化のことをもっと探求したいと相談したところ、茶道をオススメされて始めました。
大河ドラマ「利家とまつ」を見て歴史オタクになり、そこから日本文化に関心を持つようになった私は、お茶を通じて、400年前の人と同じ体験ができるのか、と感動しました。
ちょうど一年前あたりから、150年間の近代化の過程で産業化し、それぞれが独立してバラバラになる方向にある、神社仏閣(場所)、職人(もの)、茶道華道和食など(つかう)をどう再統合していけるか、そして、日本文化の日常と非日常をどう繋ぎ直せるか、ということを考えたり、体験したり、色んな方にお話を伺ってきました。
三者が協力し、さらに人々の日常にも繋がっていきそうな、仕組みはいくつか思いつきながらも、なんだか漠然と違う気がしていました。
最近、仕組みから考えること、要素を分解して、組み合わせて、枠組みをつくり、そこに自然や人間の営みを当てはめていくという考え方自体が、いかにも近代らしく、間違っていたのではないかという仮説に気付きました。
抽象度高く言語化すると、まずは場所や土地があり、その場所に耳を澄ませることで、人間の振る舞いが変わり、心が伝わり、なにかが立ち上がってくる。
もう少し具体的には、神社やお寺(あるいはお城や庭園や自然)という場所がまずあり、そこでゆっくりと歩いたり、感じたことを共有したりしていくうちに、その場所に合わせて人々の考え方や生き方が変化し、心が伝わり、何か新しいけど懐かしいようなものが生まれてくる。
その生まれてきたものを支えるために、テクノロジーがあり、仕組みがあり、事実を残して伝えるためにメディアがあり、循環させていくためにお金がある、と。
得てして、テクノロジーや仕組み、メディアやお金のことから考えてしまうけど、日本文化を主題においたとき、順番が逆なのなもしれない、というのが最近考えていることです。
そして、茶道には、場所、人々、テクノロジーやメディア、そしてお金まで、すべてを結び直す400年の知恵が受け継がれています。
そんなことを感じた点初めの時間と余韻でした。
本当に貴重な機会をありがとうございました。
もっともっとお稽古頑張ります。
そして、日常も稽古になるようにしていきたいです。
#遠州流
#点初め
#茶道



新宿区若宮町にある神楽坂若宮八幡神社は村社の神社です。祭神は仁徳天皇・応神天皇。境内社には稲荷神社があります。
源頼朝が文治5年(1189)奥州藤原征伐の際に当地で宿願、奥州平定後に鎌倉の若宮八幡宮を移して仁徳天皇を勧請して創祀したといいます。
文明年間(1469-1487)には太田道灌が江戸城鎮護のため、当社を江戸城に相対させた形で再興させたといいます。例大祭は9月15日に行われています。
飯田橋駅から神楽坂を僅かに上り裏路地に入ると、隠れ家的割烹?が見えて来ます。正に神楽坂と言える風景。外堀通りに面した東京理科大学の裏手の角地に鳥居が見えて来ます。頼朝創建の八幡神社の割には無駄のないコンパクトな神社でした。
久しぶりの飲み会の前にチョットだけ神頼みをして来ました。

鳥居

社号石標柱

狛犬

狛犬

手水舎

稲荷社

拝殿

境内

晩秋風景

御朱印
四天王寺さん企画のお茶会参加の帰りに、
ご一緒したお二人とお参りしました。


こんなにたくさん麻が使われているの初めて見た気がしますが、あるあるでしたっけ?
大切にされている神社だと、伝わってきました。
歴史
若宮八幡宮は若宮坂の上若宮町にあり(或は若宮小路ともいへり)別当は天台宗普門院と号す 傅ふに文治五年の秋右大将源頼朝公奥州の藤原泰衡を征伐せんが為に発向す其の時当所にて下馬宿願あり後奥州平治の後当社を営鎌倉鶴岡の若宮八幡宮を移し奉ると云へり(若宮は仁徳天皇なり後に応仁天皇に改め祭ると云ふ)文明年間太田道灌江戸城鎮護の為当社を再興し社殿を江戸城に相対せしむるなり当社は文明の頃迄は大社にして神領等あり美れいなりしという
神域は黒板塀の神垣南に黒門あり門内十歩狛犬一対(明和八年卯年八月奉納とあり)右に天水釜あり拝殿は南に面する瓦葺破風造梁間桁行三間向拝あり松に鷹象頭に虎を彫る『若宮八幡神社』の横額源正哥謹書とあり揚蔀にて殿内格天井を組み毎格花卉を描く神鏡晶然として銅鋼深く鎮せり以て幣殿本社に通ず本社は土蔵造りなり
本殿東南に神楽殿あり瓦葺梁間二間桁行二間半勾欄付『神楽殿』の三字を扁し樵石敬書と読まる背景墨画の龍あり落款梧堂とあり境内に銀杏の老樹あり
明治二年神佛混淆の禁令あるや別当光明山善門院(山州男山に同じ)復飾して神職となる
例大祭は九月十五日(中祭五月十五日 小祭一月十五日)に行われ社務所は本社の東に在り
現在氏子は若宮町神楽坂一丁目二丁目三丁目の四ヶ町なり
| 名称 | 神楽坂若宮八幡神社 |
|---|---|
| 読み方 | かぐらざかわかみやはちまんじんじゃ |
| 参拝にかかる時間 | 5分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | なし |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | なし |
| 電話番号 | 03-3269-7925 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
詳細情報
| ご祭神 | 《合》応神天皇,《主》仁徳天皇 |
|---|---|
| 創建時代 | 文治5年(1189年) |
| 創始者 | 源頼朝 |
| ご由緒 | 若宮八幡宮は若宮坂の上若宮町にあり(或は若宮小路ともいへり)別当は天台宗普門院と号す 傅ふに文治五年の秋右大将源頼朝公奥州の藤原泰衡を征伐せんが為に発向す其の時当所にて下馬宿願あり後奥州平治の後当社を営鎌倉鶴岡の若宮八幡宮を移し奉ると云へり(若宮は仁徳天皇なり後に応仁天皇に改め祭ると云ふ)文明年間太田道灌江戸城鎮護の為当社を再興し社殿を江戸城に相対せしむるなり当社は文明の頃迄は大社にして神領等あり美れいなりしという
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| ご利益 | 勝負運 |
| 体験 | 御朱印 |
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