おおたわらじんじゃ
大田原神社栃木県 西那須野駅
午前9時〜午後4時
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方
丸の内の初現場で数年振りに目白に出向されてた方とお会い出来ました。嬉しかったしご縁を感じました。ありがとうございました。
珍しく日曜がお休み…とゆー事で9月以来の栃木遠征へっ。国道4号 日光街道を起点の日本橋からひたすら北上lol
4回目は北東エリアの続き…朝イチで伺ったのは…前回〆た道の駅 那須与一の郷からも程近い…
⛩️ 大田原市 "大田原神社"
旧奥州街道沿い、入口の坂を上がって行けば境内P、丘の上に鎮座。通りを挟んで大田原城跡があります。付近に駅は無く、JR西那須野駅からのバスが近くに停まるもよー。
朝イチである事と栃木県でも上のほーとゆー事で空気が清々しいし気持ちがいいぃlol それだけでも来た甲斐がありますlol しっかりお詣り(pic1)して社務所へ。
境内社の"大田原伏見稲荷神社(pic2)"の御朱印もお願い。両方とも通常の御朱印に60年1度の丙午歳の文字がお書き入れされ、別々の馬の印が…なんか得した気分lol
行きたいとこ、やりたい事を詰め込んで来たので次に行かなきゃlol
もっと読む
大田原神社は栃木県大田原市山の手に鎮座している神社です。大田原神社本殿と幣殿と透塀大田原神社の創建は平安時代初期の大同2年(807)に勧請され当初は温泉神社と称していたと伝えられています。伝承によると近衛天皇の御代(1142~1155年)、那須温泉に巣食う白面金毛九尾の狐(殺生石)が当地で悪事をはたき荒廃すると朝廷から討伐隊として派遣された三浦介義純と上総介弘経が、温泉神社で祈願を行い見事悪狐を討伐した事に感謝し社殿の造営が行われたと伝えられています。戦国時代の天文14年(1545)、大田原資清が大田原城築城際、城内の鎮守社として遷座し、代々の崇敬社とします。
大田原氏は社領として100石を安堵、さらに7代大田原藩の藩主大田原扶清が大田原神社参道に設けられた石燈篭群とのぼり旗群正徳4年(1714)に奉納した縦52cm、横119cm、能の囃子方の曲目及び奏者名の銘の絵馬と享保3年(1718)に奉納した縦53cm、横119cm、武器が描かれた武運長久の祈願絵馬が平成元年(1989)に大田原市指定有形文化財に指定されています。民衆にも信仰されるようになると金田村中原に遷座、更に現在地近い場所に移り中田原湯泉大明神から大田原神社と改称、明治時代の神仏分離令を経て郷社に列し、明治37年(1962)に現在地に遷座し大田原の総鎮守となっています。
| 住所 | 栃木県大田原市山の手2-2039 |
|---|---|
| 行き方 | 東北本線、西那須野駅よりバス15分乗車、龍城公園前バス停降車後徒歩2分(但し、本数は少ない) |
| 名称 | 大田原神社 |
|---|---|
| 読み方 | おおたわらじんじゃ |
| 通称 | 大神宮様 |
| 参拝時間 | 午前9時〜午後4時 |
| 参拝にかかる時間 | 15分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | あり |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | あり |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 0287-22-2205 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| SNS |
| ご祭神 | 《合》火産霊神,素盞嗚命,稲倉魂神, 大日孁貴神,木花開耶姫命,大山祇命,《主》大己貴神,少彦名神 |
|---|---|
| 創建時代 | 807年(大同2年) |
| ご由緒 | 大田原神社は栃木県大田原市山の手に鎮座している神社です。大田原神社本殿と幣殿と透塀大田原神社の創建は平安時代初期の大同2年(807)に勧請され当初は温泉神社と称していたと伝えられています。伝承によると近衛天皇の御代(1142~1155年)、那須温泉に巣食う白面金毛九尾の狐(殺生石)が当地で悪事をはたき荒廃すると朝廷から討伐隊として派遣された三浦介義純と上総介弘経が、温泉神社で祈願を行い見事悪狐を討伐した事に感謝し社殿の造営が行われたと伝えられています。戦国時代の天文14年(1545)、大田原資清が大田原城築城際、城内の鎮守社として遷座し、代々の崇敬社とします。
|
| ご利益 | |
| 体験 |
ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。
ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ