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おおいまたくぼはちまんじんじゃ

大井俣窪八幡神社のお参りの記録一覧
山梨県 東山梨駅

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惣一郎
惣一郎
2021年12月11日(土)1269投稿

大井俣窪八幡神社(おおいまた・くぼはちまん~)は、山梨県山梨市北にある神社。式内論社で、旧社格は県社。祭神は誉田別尊(ほむたわけ;第15代天皇・応神天皇)、足仲彦尊(たらしなかつひこ;第14代天皇・仲哀天皇)、息長足姫尊(おきながたらしひめ;仲哀天皇の皇后)の3柱。社殿(本殿、拝殿)、鳥居、神門、摂末社本殿など9件が国指定の重要文化財。

社伝によると、清和天皇の勅願により、平安時代前期の859年に宇佐八幡宮を勧請したのが始まり。当初笛吹川の中島の大井俣の地に建立されたため「大井俣神社」と称したが、のちに現在の窪の地に遷座し「大井俣窪八幡神社」、「窪八幡神社」と呼ばれるようになった。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「甲斐国 山梨郡 大井俣神社 小」の論社となっており、他にも論社が1社(大井俣神社(山梨市小原西))ある。中世には当社周辺に八幡郷が成立し、室町時代には甲斐国守護・武田氏の崇敬を集め、1410年には武田信満は社殿を再建、その後戦国時代の兵火で社殿を焼失するも、1519年には武田信虎が社殿を再建した。『神社本記』によると、1557年には武田信玄が信州出陣の際に十一間社流造の本殿正面に金箔を再興させたと記載がある。

当社は、JR中央本線・東山梨駅の北西1.5kmの平地の住宅街の中にある。大きな林全体が境内で、非常に広く、草木が多い。境内中央は社名の通り<窪>になっていて池があり、その北側の一段高い場所に、現存する日本最大の流造本殿など、国指定の重要文化財となっている古い建物が立ち並んでいる。古社の雰囲気がとにかく素晴らしい。

今回は、一日甲府旅行の7社目、式内論社、旧県社であることから参拝することに。参拝時は週末の午後で、自分以外にも参拝者を数人見掛けた。

大井俣窪八幡神社(山梨県)

境内南東端入口の<神門>と<社号標>。神門は国指定の重要文化財。神門まで100mちょっとの公道上に大きな木製六脚鳥居があって、この鳥居も国指定の重要文化財。

大井俣窪八幡神社の山門・神門

<神門>のアップ。戦国時代1542年の建立、江戸時代1769年改修。四脚門切妻造、檜皮葺。手前の石橋とセットで国重文。

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