いわくらじんじゃ
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京都市左京区にある神社です。
実相院から歩きました。
少し山に入るような感じの場所です。
鳥居をくぐって石段を上がると神楽殿があります。
私 勉強が足りず 神楽殿と拝殿の違いが分かりませんでした。
さて本殿に上がったところ 社殿が2つありました。
札には東社と西社と書かれていましたが おそらく東殿と西殿になるのでしょう。
元祇園梛神社のように 2つの本殿が並んでいます。
このタイプは珍しいですね。
両本殿の他にも境内社が複数あり 合祀されている神様の多いこと。
中でも一言神社は 覆屋の中に 瓦色の狛犬さんがいらっしゃいました。
最後に社務所に寄ったのですが 無人で 書置きの御朱印が売り切れ御免でした。
毎週チェックされていないのでしょう 仕方ないですがショック。
ネット情報です。
創建については明らかでないが 元慶4年(880年)時点で既に岩倉の地に鎮座していたとされ この地の名称の由来となったとされる。
なお 当時の鎮座地は、現在の岩倉西河原町にある石座神社の御旅所である山住神社の地である。
山住神社は社殿を持たず 御神体の磐座を崇める古神道の形が今に残っている。
天禄2年(971年)に行われた大雲寺の造営に伴い 石座明神がその鎮守神として 現在地である大雲寺の当時の境内に勧請される。
長徳3年(997年)4月18日に神殿が新築され 石座明神と共に 新羅・八幡・山王・春日・住吉・松尾・賀茂の七明神が勧請 合祀され「八所明神」と称した。
それに伴い旧来の石座明神社は 八所明神社の御旅所となった。
後に西社が建造されると東社の八所明神に加え 伊勢・平野・貴船・稲荷の四明神が祀られ「十二所明神」と称した。
天文15年(1546年) 細川国慶と当時の岩倉領主山本尚則が大雲寺近辺で交戦し 大雲寺も兵火を被った。
その際 鎮守社であった八所・十二所明神の社殿及び古文書を焼失した。
その後 天文22年(1553年)に両社が再興され 天正2年(1574年)に両社の社殿も再建された。
この社殿は明和3年(1766年)にも改造築され この時作り変えられた社殿が現存している。
明治以降 旧来の御旅所が「山住神社(やまずみじんじゃ)」 八所明神社・十二所明神社が「石座神社」と改称された。
1877年(明治10年) 現在の岩倉村松町にあたる「正水山」の一言神社が石座神社境内に合祀され 1878年(明治11年)には石座神社裏の「万年岡」にあった福善社が石座神社境内に合祀された。
西殿祭神は十二所明神(石座・新羅・八幡・山王・春日・住吉・松尾・賀茂・伊勢・平野・貴船・稲荷)天正2年(1574年)再建。明和3年(1766年)改造築。
東殿祭神は八所明神(石座・新羅・八幡・山王・春日・住吉・松尾・賀茂)天正2年(1574年)再建。明和3年(1766年)改造築。

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