いしはまじんじゃ
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楽しみ方石濱神社のお参りの記録一覧
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浅草七福神巡りに行ってきました。浅草七福神は九か所めぐります。こちらは七福神の「寿老人」にあたります。浅草寺→浅草神社→待乳山聖天→今戸神社→橋場不動尊→石濱神社とこちらは6か所めにお参りしました。
隅田川に「白髭橋」という大きな橋が架かっていますが、それを右手に見ながら隅田川沿いの大通りを北に歩くとすぐあります。「浅草名所七福神の寿老人」の立て看板がどどーんとあるのでわかりやすいです。
明るくきれいな石畳の参道を行くと、大きな鳥居があってそれを過ぎると本堂が見えてきます。
明るくて気持ちのいい神社でした。
参道途中に味のあるお茶屋さんというか食事屋さん(夜は飲み屋さんになるみたいだったけど)があり、お参りした後に、ちょうどランチライムでお邪魔させていただき、おいしくてリーズナブルなランチをいただきました♪



石浜神社(いしはまじんじゃ)は、東京都荒川区南千住にある、724年(神亀元年)創建の由緒ある神社です。
• 創建とご祭神
• 奈良時代、聖武天皇の勅命により建立され、1300年以上にわたり信仰を集めてきました。
• 主祭神は**天照大御神(あまてらすおおみかみ)と豊受大御神(とようけのおおみかみ)**です。
• 歴史と由緒
• 石浜神社は江戸時代から**「石浜の神明」「朝日の神明」**などとも呼ばれ、人々の篤い信仰を受けてきました。
• 源頼朝や関東の武士、千葉氏・宇都宮氏らからも崇敬を集め、源頼朝は奥州征伐(奥州合戦)の際、戦勝祈願をしたと伝えられます。
• 江戸時代には**浅草名所七福神(寿老神担当)**の一つにもなり、延命長寿や諸病平癒の神様としても知られています。
• 境内には「伊勢物語」ゆかりの都鳥の歌碑や、さまざまな摂末社(稲荷、八幡、妙義など)もあります。
• 景観と文化財
• 隅田川の西岸に立地し、東に川、西に富士山、北に筑波山と、古くから名勝地として親しまれました。「江戸名所図会」などにも描かれています。
• 境内の鳥居や建造物には江戸時代のものが多く、区の有形文化財に指定されているものもあります。
• 境内には**神道式霊園「石浜霊園」**も併設しています。

橋場不動尊の次に北に歩き明治通りを渡り、近くの荒川区・石浜神社を参拝し、石浜神社と浅草名所七福神(寿老神)の御朱印を対応して頂きました。
御由緒(@浅草 浅草地元民によるグルメ、観光+日常の話より抜粋)
・石浜神社は724年(神亀元年)に聖武天皇の命によって創建されたとされており、1300年近い歴史を持つ神社です。 源頼朝が奥州征討の際に社殿を寄進したり、千葉氏、宇都宮氏などの関東有力武将から厚い信仰を集めていました。 また、東に隅田川、西に霊峰富士山、北に明峰筑波山があり、周囲が景勝地に恵まれた土地でした。 そんな背景もあり江戸近世ではますます栄え、江戸時代後期・天保年間に刊行された『江戸名所図会』をはじめ、浮世絵などにも描かれるほどになりました。

25.03.31。先の橋場不動尊より徒歩5分。荒川区南千住3丁目の隅田川西岸地域に鎮座。
御祭神 天照大御神
豊受大御神
創建年 神亀元年(724年)
社格等 旧郷社
札所等 浅草名所七福神•寿老神
【由緒】〜当社HPより抜粋〜
聖武天皇の神亀元年9月11日、勅願によって鎮座された。文治5年(1189)、源頼朝の奥州征討に際しての社殿の寄進、弘安4年(1281)、蒙古襲来の折、必勝を祈念しての、鎌倉将軍家お取次ぎによる官幣(かんぺい:天皇から神に捧げる礼物)のご奉納などを経て、中世初めには大社としての発展を見ました。(後略)
本日は浅草名所七福神とし参詣。昔より地域の人々から「神明さん」と親しまれているようで、開放的な境内でゆっくり過ごせました。
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