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伊古乃速御玉比売神社の分社である7社の淡洲神社のうちの1社になります。
鎮座地:比企郡滑川町水房
創建年代:永仁年中(1293〜1299)
ご祭神:大鞆和気命、息長足日売命、武内宿禰命
【ご由緒】
当社の本宮は大和国添上郡にある阿波の神社である。垂仁天皇の曾孫三枝の別連の末裔がこの郷を開き、後に柏江郷の戸主直道継の末裔によって永仁年中に字御山の台に三柱の神霊を祀ったと伝えられる。寛永元年に至り祐海法師により現在地に遷座し、その後寛延2年11月金雄法師および氏子一同にて社殿を再建した。明治6年村社となり、大正5年指定村社に昇格した。
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7社ある分社の中では一番古い創建で、里宮から直線距離で南に約2.2km離れた場所にあります。
遷座前の「御山(おやま)の台」は、神社の北側、関越道を越えた奥にある「上沼」がある辺りだと思われ、かつては流鏑馬も行われていたといいます。
『芦毛の馬が嫌いなので、芦毛の馬が見えない場所に移りたい』とご祭神様が仰っしゃられたので、男松を投げてその松が刺さった場所に遷座したとあり、これが現在地になります。(⋯なんで芦毛はダメなの?🤣)
「○○が嫌だから何処どこに移りたい」
この文言、他の神社のご由緒でも見たことがありますが、これには何かの比喩が含まれているのでしょうかね?🤔
ご由緒にある大和国添上郡の阿波神社とは、現在の率川阿波神社のことだと思いますが、そうなると事代主神が祀られていた時期があったのでしょうか?
また、元禄8年(1695)に当社を勧請した嵐山町太郎丸にある淡洲神社のご祭神は、三柱の神霊ではなく速御玉姫命になっていて、ご祭神に揺らぎが見えます。
社名は古くから淡洲神社、粟巣神社と記載されていますが、大正2年12月9日に現在の表記に定められました。
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阿和須神社の情報
| 住所 | 埼玉県比企郡滑川町水房238 |
|---|---|
| 行き方 |
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