たかくらじ|高野山真言宗|大須恵山
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方高倉寺のお参りの記録一覧
絞り込み

石段を上り高倉寺様の御本堂を目指しました。
高倉寺様は高野山真言宗のお寺様です。
御本尊は薬師如来をお祀りされています。
高倉寺様は705年に文武天皇の勅願で行基によって
創建されました。
行基が建立した四十九院の1番目として知られて
います(生家である家原寺様は除く)
創建からは「大修恵院」(ダイスエイン)と呼ばれて
いました。平安時代に高倉天皇が行幸された際に
現在の寺号を賜ったそうです。
1585年の織田信長の根来攻めで焼失されますが
江戸時代に再建されました。
高倉寺様の御本尊は薬師如来ですが宝起菩薩堂に
お祀りされている「法起菩薩曼荼羅図」は法起菩薩が
描かれている絹本着色の掛け軸です。
これは法起菩薩の御姿が描かれた日本で唯一の
絵画になるそうです。
泉北ニュータウンの住宅地の中にあるのですが
高倉寺様のエリアだけ結界が張られているように
静かでした。平日だったので他に参拝者はお見掛け
しなかったので貸し切り状態で手を合わせさせて
いただきました(´▽`)

(河泉二十四地蔵24番)
日暮れにお参りしました。
秋の夕方は、鶴瓶落としのようにあっという間に暗くなります。
そんな中、ウロつく怪しい奴ですね。
文武天皇の勅命で705年行基が開基し、自作の薬師尊像を安置した真言宗の古刹です。法起菩薩堂に長年まつられてきた「法起菩薩曼荼羅図」(ほうきぼさつまんだらず)には、法起菩薩という大変珍しい仏様が描かれています。六本の腕と五つの眼を持ち怒りの表情で岩の上に立つ姿は大変恐ろしく、金剛山の修験の仏として信仰され絵画では、この作品が唯一の例だと考えられています。
1585年の根来攻めによる兵火で伽藍を焼失したと伝えられていますが、その後再建され、現在境内には、金堂をはじめ多くの仏堂が小高い丘の上に密集して建ち、江戸時代の濃密な寺院空間を今に伝えています。
暗くなってしまい、ゆっくりはお参りできませんでしたが、境内の素晴らしさはじゅうぶん感じることできました。
もっと読む
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ
















