高野山真言宗
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光輪寺さんと光輪寺薬師堂さんに参拝してきました。こちらでは、歴史ある建物と、石仏群に圧倒されました。
光輪寺(こうりんじ)は、長野県東筑摩郡朝日村西洗馬にある高野山真言宗の寺院。山号は青壺山(せいこざん)。本尊は不動明王。
光輪寺本堂の南側に薬師堂がある。本尊は薬師如来。棟札の記載から宝暦10年(1760年)に建立されたことがわかり、県宝に指定されている(棟札と宮殿(くうでん)が附指定)。入母屋造、茅葺。桁行5間、梁間4間で正面に1間の向拝を付し、前方の梁間2間分を吹き放し(壁・建具を入れない)とする。本建物のように、平面の半分を吹き放しとする例は珍しい。向拝の頭貫(かしらぬき)や虹梁(こうりょう)の木鼻は唐獅子、獏などの彫刻で飾り、主体部の中備(組物と組物の中間に置く部材)にも唐獅子、力士などの具象的な彫刻を用いる[2]。昭和初期までは松本盆地一帯に「西洗馬のおやくし」として知られ、堂前から松本市今井の今井神社まで延びる旧道沿いには、薬師堂への道を示す石標が多数現存する[3]。境内には西国・坂東・秩父の百体観音、四国八十八カ所などの多くの石仏がある。
本尊 薬師如来坐像 - 一木造りで像高は68センチ。鎌倉時代~室町時代初期の作とされる。後世の木割れのため、像の表面には鎹(かすがい)が多用され、墨書は削り取られている[3]。蓮華座の墨書には天和3年(1683年)に修理された旨が記載されている。脇侍の日光・月光菩薩立像を同じ厨子内に安置する。秘仏で定期的な開帳などの公開は行われていない。村指定有形文化財。
脇侍 日光菩薩・月光菩薩立像 - 檜の一木割矧(わりはぎ)造りで像高は両像とも92センチ。県宝に指定されている。鎌倉時代の元亨3年(1323年)、善光寺妙海の作であることが墨書から判明する[1]。妙海は信濃地方に作品を残し、代表作には上伊那郡辰野町の上島観音堂の十一面観音立像(重要文化財)などがある。
四天王像 - 鎌倉時代末期~室町時代の作。像高は、増長天・多聞天が1メートル54センチ、持国天が1メートル64センチ、広目天が1メートル70センチ。村指定有形文化財。
十二神像 - 室町時代末期~江戸時代の作。檜の寄木造りで像高は75センチ前後。村指定有形文化財。
光輪寺薬師堂の石仏群
石仏群 - 西国・坂東・秩父の百体観音や、四国八十八カ所、七観音、十三仏、弘法大師像など薬師堂だけでも石仏は200体を超える。どの像も大半は元禄時代の作。
十王堂 - 薬師堂の北側にあり、像は江戸時代の作。堂の横には、中興・木曽義仲が平家追討を祈願して植えたとされる桜がある(明34(1901)年に枯死し、現在のものは2代目)。
光輪寺の情報
| 住所 | 長野県東筑摩郡朝日村西洗馬796 |
|---|---|
| 行き方 |
光輪寺の基本情報
| 名称 | 光輪寺 |
|---|---|
| 電話番号 | 0263-99-2309 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
詳細情報
| ご本尊 | 不動明王 |
|---|---|
| 宗旨・宗派 | 高野山真言宗 |
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