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ほうしゅじ|高野山真言宗愛宕山

寶珠寺
群馬県 川俣駅

寶珠寺について

江戸時代、利根川の洪水を鎮めるために入定した行人の供養塔が伝わる

写真

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寶珠寺の基本情報

名称寶珠寺
読み方ほうしゅじ

詳細情報

ご本尊《本尊》不明
《行人塚》志海上人・宗海上人
《諸尊》地蔵菩薩・青面金剛・他
山号愛宕山
宗旨・宗派高野山真言宗
創建時代不詳
開山・開基不詳
ご由緒

創建年代・由緒不明。
当地は利根川の洪水に度々悩まされてきたが、明治四十三年(1910)の利根川氾濫により堤防が決壊、宝珠寺は砂礫のため埋没してしまう。
その後再建したが、大正元年(1912年)台風により倒壊。
同三年(1914年)村内観音堂を移して本堂として再建する。
―――――――――
【行人塚】
志海上人と宗海上人の供養塔。
寛文十一年(1671)利根川の洪水に村人が難渋している姿を見、その苦難を救おうと2人の行人が堤防に穴を掘り、その中に入って入定した。
村人は行人塚として祀り、寛保十八年(1733)には供養塔を建立した。
その後、利根川の改修により行人塚は河川敷となったが、供養塔は村の観音堂に移し供養を続けてきた。
しかし、村のために一身を捧げてくれた大恩人が忘れられる恐れもあり、供養塔を昭和四十九年(1974)宝珠寺境内に移した。
―――――――――
【岡戸畊榮(こうえい)の墓】
当地生まれの岡戸畊榮(本名:幸四郎)は幼少より学問を好み、江戸で漢学や国学を学ぶ。
帰郷後はさらに書や俳諧も究め、館林で私塾を開き青少年の教育に励み多くの人材を世に出している。大正十年(1921)71歳で永眠。

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