こうみょうじ|真言宗智山派|霊水山
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楽しみ方光明寺(感満不動尊)のお参りの記録一覧
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栃木県 さくら市 氏家に境内を構える、霊水山 普門院 光明寺、2024.に 北関東不動尊霊場にて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼しております、対応は 慣れていて快く対応して下さり また 訪れたいと思える寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 霊水山、院号は 普門院、寺号は 光明寺、宗旨 宗派は 真言宗 智山派、ご本尊は 大日如来、北関東三十六不動尊霊場 第二十二番札所 感満不動尊(不動明王)、勝山城主・氏家氏と政権を交代した芳賀氏の菩提寺として、勝山城近くの美女木地に「荒木山普門院光明寺」が創立されたのが応永三十四年(1427年)その後、戦国時代には那須家と交戦が絶えることなく、とくに、大永(1521~1527)、天文年間(1532~1554)には那須勢が氏家に乱入し、兵火のため寺社や民家はことごとく焦土と化してしまった。 激戦地であったことを物語るものとして、天文年間、敵将が光明寺の境内に逃げこみ、馬を捨てて自害し果てたので、山号を「馬捨山光明寺」とまで改めたといった逸話も残っている。さらに、永禄二年(1559)にも光明寺焼失とあり、天正元年(1573)にも神社仏閣が焼打ちになった記録がある。慶長二年(1597年)、宇都宮氏一族の総没落によって、氏家諸城も廃城と化す。氏家は江戸時代、宇都宮藩領となり、奥州街道の開通により、宿場町として栄えた。光明寺も五行川のほとり、清水の湧く浄地に移して、山号を「冷水山光明寺」と改称。だが、江戸時代にもたびたび火災に遭い、寺宝、諸記録はことごとく焼滅してしまった。今日では、それぞれ復興新築を成し遂げ、山号も冷水山から霊水山へと変わっている
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北関東三十六不動尊霊場🌅
今年中に満願しちゃおう企画🈵
題して「ハッスル巡礼36」第14弾‼️は
第二十二番巡礼場の真言宗光明寺へ🙏
御本尊は真言宗最高位の大日如来様☀️
もちろん不動明王様もいらっしゃいます☀️
境内へ入ると明王堂の上に大きな不動明王様が
鎮座しております🙏とりあえずでっかい‼️
上から見下ろすその厳しい表情に、心が洗われます。
そしてカッコいいー🤩
表情も色も見事に表現されております。
悪心を断ち切り、邪気を遠ざけ、善心へと導く
そのお姿の前では誰もが平等。
感満石に触れ、心願成就を唱えれば
願いが叶うでしょう✌️
自分を信じ、ブレない不動の心を持ちたいですね👍
またまた徳を積む事が出来ました⭕️
本日の徳々ポイントは御朱印料300Pと
彩色豊かな巨大不動尊🙆♂️
あなたの隣にハッスル巡礼🈵
楽しくお参りハッスル巡礼🈵
しあわせ降臨ハッスル巡礼🈵
せ〜の〜
ハッスル🌈ハッスル🌈
御不動様☀️
本日もお導き下さり
ありがとうございました😊

さくら市内を旧喜連川町から旧氏家町へ移動。
ここは簡単に見つかったので、ナビの指示を無視して適当に脇道に飛び込んだら・・・軽自動車1台が通れるかどうかの超細い路地に入ってしまった!?Σ(;゚∀゚)
しかもご丁寧にほぼ直角な曲がり角までありやがる orz
落ち着くんだ・・・素数を数えて落ち着くんだ(;>_<;)
そうだ!那須与一が八幡大菩薩に祈ったごとくオレも不動明王に!( ;`Д´) ノウマクサマンダ・・・
・・・などと現実ではとても神仏のことなど考える余裕もなく、半ばパニックになりながら細かい切り返しを何度も繰り返して脱出しました(;´A`)
さて、なんとかお寺にたどり着き山門をくぐると・・・おおっ!?(゚∀゚)
一見するとわりとどこにでもありそうな市街地の檀家寺なんですが、巨大不動明王とその前の岩屋風のお堂がいい意味で期待を裏切ってくれます。 羨ましいなここの檀家さん。
無事に受印もできて、これで栃木北部にある北関東三十六不動尊霊場を全てクリアすることができました(`∀´)o
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北関東三十六不動尊
第二十二番
霊水山 普門院 光明寺
(感満不動尊)
平成31年に参拝しました。
とても大きなお不動様が迫力がありました✨

北関東三十六不動尊
第二十二番
霊水山 普門院 光明寺
(感満不動尊)
御詠歌
霊水の 水辺にうつり 不動尊
頼む心も 澄みわたりけり
三十六不動尊の納経帳にいただいた御朱印です。

御朱印といっしょに御影をいただきました。
栃木県のおすすめ2選🎏

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