御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

こうみょうじ|真言宗智山派霊水山

光明寺(感満不動尊)のお参りの記録一覧
栃木県 氏家駅

1〜12件12件中
japan-welder-A-K
japan-welder-…
2026年04月15日(水)669投稿

栃木県 さくら市 氏家に境内を構える、霊水山 普門院 光明寺、2024.に 北関東不動尊霊場にて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼しております、対応は 慣れていて快く対応して下さり また 訪れたいと思える寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 霊水山、院号は 普門院、寺号は 光明寺、宗旨 宗派は 真言宗 智山派、ご本尊は 大日如来、北関東三十六不動尊霊場 第二十二番札所 感満不動尊(不動明王)、勝山城主・氏家氏と政権を交代した芳賀氏の菩提寺として、勝山城近くの美女木地に「荒木山普門院光明寺」が創立されたのが応永三十四年(1427年)その後、戦国時代には那須家と交戦が絶えることなく、とくに、大永(1521~1527)、天文年間(1532~1554)には那須勢が氏家に乱入し、兵火のため寺社や民家はことごとく焦土と化してしまった。 激戦地であったことを物語るものとして、天文年間、敵将が光明寺の境内に逃げこみ、馬を捨てて自害し果てたので、山号を「馬捨山光明寺」とまで改めたといった逸話も残っている。さらに、永禄二年(1559)にも光明寺焼失とあり、天正元年(1573)にも神社仏閣が焼打ちになった記録がある。慶長二年(1597年)、宇都宮氏一族の総没落によって、氏家諸城も廃城と化す。氏家は江戸時代、宇都宮藩領となり、奥州街道の開通により、宿場町として栄えた。光明寺も五行川のほとり、清水の湧く浄地に移して、山号を「冷水山光明寺」と改称。だが、江戸時代にもたびたび火災に遭い、寺宝、諸記録はことごとく焼滅してしまった。今日では、それぞれ復興新築を成し遂げ、山号も冷水山から霊水山へと変わっている

光明寺(感満不動尊)の御朱印

北関東三十六不動尊霊場 第二十二番札所 感満不動尊(不動明王) 梅 御朱印です

光明寺(感満不動尊)の御朱印

北関東三十六不動尊霊場 第二十二番札所 感満不動尊(不動明王)御朱印です

他12枚の写真を見る
もっと読む
やさしいむらさき
やさしいむらさき
2020年12月27日(日)344投稿

北関東三十六不動尊
第二十二番
霊水山 普門院 光明寺
(感満不動尊)

平成31年に参拝しました。
とても大きなお不動様が迫力がありました✨

光明寺(感満不動尊)の御朱印

北関東三十六不動尊
第二十二番
霊水山 普門院 光明寺
(感満不動尊)
御詠歌
霊水の 水辺にうつり 不動尊
頼む心も 澄みわたりけり

三十六不動尊の納経帳にいただいた御朱印です。

光明寺(感満不動尊)の授与品その他

御朱印といっしょに御影をいただきました。

他1枚の写真を見る
もっと読む
行きたい
行った
お問い合わせ
御朱印背景
NEWSLETTER

最新の限定御朱印情報が届く!

御朱印メルマガを受け取ろう

※購読はいつでも解除できます。利用開始をもって利用規約プライバシーポリシーに同意したものとみなします。
This site is protected by reCAPTCHA and the GooglePrivacy Policy andTerms of Service apply.
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ