こうみょうじ
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楽しみ方光明寺(感満不動尊)のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年04月15日(水) 06時56分42秒
参拝:2024年3月吉日
栃木県 さくら市 氏家に境内を構える、霊水山 普門院 光明寺、2024.に 北関東不動尊霊場にて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼しております、対応は 慣れていて快く対応して下さり また 訪れたいと思える寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 霊水山、院号は 普門院、寺号は 光明寺、宗旨 宗派は 真言宗 智山派、ご本尊は 大日如来、北関東三十六不動尊霊場 第二十二番札所 感満不動尊(不動明王)、勝山城主・氏家氏と政権を交代した芳賀氏の菩提寺として、勝山城近くの美女木地に「荒木山普門院光明寺」が創立されたのが応永三十四年(1427年)その後、戦国時代には那須家と交戦が絶えることなく、とくに、大永(1521~1527)、天文年間(1532~1554)には那須勢が氏家に乱入し、兵火のため寺社や民家はことごとく焦土と化してしまった。 激戦地であったことを物語るものとして、天文年間、敵将が光明寺の境内に逃げこみ、馬を捨てて自害し果てたので、山号を「馬捨山光明寺」とまで改めたといった逸話も残っている。さらに、永禄二年(1559)にも光明寺焼失とあり、天正元年(1573)にも神社仏閣が焼打ちになった記録がある。慶長二年(1597年)、宇都宮氏一族の総没落によって、氏家諸城も廃城と化す。氏家は江戸時代、宇都宮藩領となり、奥州街道の開通により、宿場町として栄えた。光明寺も五行川のほとり、清水の湧く浄地に移して、山号を「冷水山光明寺」と改称。だが、江戸時代にもたびたび火災に遭い、寺宝、諸記録はことごとく焼滅してしまった。今日では、それぞれ復興新築を成し遂げ、山号も冷水山から霊水山へと変わっている
すてき
投稿者のプロフィール

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宮城県 石巻市に在住、元々出張で日本各地を訪れる機会が在り思い出作りに道の駅スタンプラリーにも参加、気がつけば全国制覇者2022年第184号、今は休日 旅行で全国各地の食べ物、景色、温泉を探索、...もっと読む
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