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だいちいん|真言宗大覚寺派黒髪山

大智院
長崎県 佐世保駅

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九州八十八ヶ所百八霊場104番札所

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🌷日向ぼっこ☀️🐇
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2023年05月07日(日)979投稿

🌼黒髪山大智院(くろかみざんだいちいん)です。長崎県佐世保市の中心部にお堂を構える弘法大師空海さま由縁のお寺に御参拝させて頂きました🙏 地元では「黒髪山」の呼称が有名。
🌸開基は弘法大師空海。遣唐使の留学僧として渡唐の途中、留学の目的達成を肥前国(現在の佐賀県武雄市山内町)黒髪山大権現に祈願、806年(大同元年)の帰国後に満願成就を報告した際に自ら爪で不動像を刻し、弟子快護に託して山内に庵を作らせたのが寺の起源と伝わります。
1645年(正保2年)、当時の住職尊覚が京都大覚寺門主の尊性法親王に招かれ書講を行い、その功績により大覚寺内塔頭「大智院」を下賜された。以来、当寺住職は「院家」との敬称で呼ばれるようになる。「和漢三才絵図」等にもその名が記載されている。往時は約80もの末寺を抱える肥前の大勢力であったそうです。
🍀1878年(明治11年)、大火により堂宇の大半を焼失した。再建するにあたり、当時佐世保鎮守府が開設され、人口が急増しつつあった佐世保への移転を計画。1908年(明治41年)になり、現在地へ移転した。戦時中から戦後にかけて一時衰退したが世状の安定とともに寺運も回復し、2006年(平成18年)には開創1200年を迎えて記念法要を行った。

🍁所在地 : 長崎県佐世保市戸尾町9−8

大智院の御朱印

   御朱印 黒髪山大智院(くろかみざんだいちいん)

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歴史

真言宗別格本山 黒髪山大智院
寺院の歴史
1200年を超える
長い歴史をもつ黒髪山

真言宗大覚寺派 別格本山黒髪山大智院の由緒

延暦23年(西暦804年)、お大師様は肥前国は松浦郡田ノ浦より遣唐使船にて唐に向けて出航される前に留学の目的達成を黒髪山大権現(くろかみざんだいごんげん)(武雄市山内町黒髪山)に立願された後、渡唐。唐の長安にて青龍寺(しょうりゅうじ)恵果(けいか)和上より真言密教の全てを受法され、大同元年(西暦806年)ご帰朝。
太宰府観世音寺に留まられていた際に、満願成就をご奉告に再度黒髪山にご登嶺され、草庵を結ばれ薬師如来・阿弥陀如来・千手観世音菩薩を本尊とし、自らのお爪にて不動尊を刻まれ壇上に安置され当山を御開創。肥前国ではお大師様御開創の最古真言霊場であります。

また江戸期(正保年間)には当山第11世尊覚(そんがく)住持は京都大覚寺第37世門跡(もんぜき)尊性法親王(そんしょうほっしんのう)様の書講として招かれ、その功績により尊性法親王様のご住房である大覚寺塔頭(だいかくじたっちゅう)「大智院」を下賜され、これにより宮殿下に準ずる待遇を受けることとなり、以来当山住持を「院家」(いんげ)と称することを許されたのであります。

最盛期には80を超える末寺を擁する肥前の大寺として全国に名を馳せていましたが、明治11年の大火災により伽藍のほとんどが焼失しました。
しかしながら法灯は守られ、当時海軍鎮守府設置により発展気運高き佐世保の地にて再建することが決議され、明治39年現在地に移転を果たしました。

以来、明治・大正・昭和・平成の時代の中で現在の大伽藍が建立されました。平成18年には開創1200年大法会並びに記念事業遂行、平成25年には永代供養堂「蓮華殿」(れんげでん)落慶、平成28年開創1210年記念事業として大山柱(だいさんちゅう)建立など寺観を整えてまいりました。
(大智院公式HPから引用)

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大智院の情報

住所長崎県佐世保市戸尾町9-8
行き方

大智院の基本情報

名称大智院
読み方だいちいん
御朱印あり
限定御朱印なし
御朱印帳に直書きあり
御朱印の郵送対応なし
電話番号0956-22-5721

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttps://kurokamizan.com/
おみくじあり
絵馬あり

巡礼の詳細情報

九州八十八ヶ所百八霊場

第104番

仏さま:爪刻不動明王

詳細情報

ご本尊《寺院本尊》薬師如来・阿弥陀如来・千手観世音菩薩
《霊場本尊》爪刻不動明王
山号黒髪山
宗旨・宗派真言宗大覚寺派
創建時代806年(大同元年)
開山・開基弘法大師
ご由緒

真言宗別格本山 黒髪山大智院
寺院の歴史
1200年を超える
長い歴史をもつ黒髪山

真言宗大覚寺派 別格本山黒髪山大智院の由緒

延暦23年(西暦804年)、お大師様は肥前国は松浦郡田ノ浦より遣唐使船にて唐に向けて出航される前に留学の目的達成を黒髪山大権現(くろかみざんだいごんげん)(武雄市山内町黒髪山)に立願された後、渡唐。唐の長安にて青龍寺(しょうりゅうじ)恵果(けいか)和上より真言密教の全てを受法され、大同元年(西暦806年)ご帰朝。
太宰府観世音寺に留まられていた際に、満願成就をご奉告に再度黒髪山にご登嶺され、草庵を結ばれ薬師如来・阿弥陀如来・千手観世音菩薩を本尊とし、自らのお爪にて不動尊を刻まれ壇上に安置され当山を御開創。肥前国ではお大師様御開創の最古真言霊場であります。

また江戸期(正保年間)には当山第11世尊覚(そんがく)住持は京都大覚寺第37世門跡(もんぜき)尊性法親王(そんしょうほっしんのう)様の書講として招かれ、その功績により尊性法親王様のご住房である大覚寺塔頭(だいかくじたっちゅう)「大智院」を下賜され、これにより宮殿下に準ずる待遇を受けることとなり、以来当山住持を「院家」(いんげ)と称することを許されたのであります。

最盛期には80を超える末寺を擁する肥前の大寺として全国に名を馳せていましたが、明治11年の大火災により伽藍のほとんどが焼失しました。
しかしながら法灯は守られ、当時海軍鎮守府設置により発展気運高き佐世保の地にて再建することが決議され、明治39年現在地に移転を果たしました。

以来、明治・大正・昭和・平成の時代の中で現在の大伽藍が建立されました。平成18年には開創1200年大法会並びに記念事業遂行、平成25年には永代供養堂「蓮華殿」(れんげでん)落慶、平成28年開創1210年記念事業として大山柱(だいさんちゅう)建立など寺観を整えてまいりました。
(大智院公式HPから引用)

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