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ねもとやまじんじゃ

根本山神社
群馬県 本中野駅

パーキング
駐車場
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御朱印について御朱印
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ありません

根本山神社について

住宅街の旧家の門前に立つ小さな木造祠
字新屋敷の守護神
群馬県桐生市と栃木県佐野市の境にある霊山、根本山信仰の神社

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根本山神社の基本情報

名称根本山神社
読み方ねもとやまじんじゃ
通称根本山神

詳細情報

ご祭神《主》根本山神(大山祇神・薬師如来)
創建時代不詳
創始者当地の村人
ご由緒

昔、中野村の裏宿一帯は広い森林で人は住んでいなかったが、鎌倉時代の文永二年(1265年)頃から千原田(郷社長良神社付近)の幾人かの人たちが開墾して移り住み新屋敷(字名)を作りはじめた。
開墾は大変で、時には斬り倒した樹木の下敷きになって大けがをしたり、疫病が流行して次々と大病を患う人が出たり、人々は悪魔の祟りではないかと恐れていた。
その頃、どこからともなく一人の修験者がやってきたので、人々は藁にもすがる思いで厄払いの祈祷をお願いした。修験者はこの様子を見て同情し、この災難を払うため昼夜を分かたず一心不乱に祈祷を続けた。
すると、寝ていた病人達は快方に向かい、新しい病人も出なくなり、疫病は収まり、それからは平穏に過ごすことができたという。
それから人々は、修験者が山岳信仰の根本山神の先達(信仰・巡礼の案内役)だったことを突きとめ、上州(群馬県)と野州(栃木県)の境にある根本山神社の分霊を請け迎え、新屋敷に祀って守護神とした。
―――――――――
※新屋敷の開墾が始まったのは鎌倉時代とされているが、一般に根本山信仰が広まったのは戦国末~江戸時代初期からなので、上記の神社縁起は江戸時代に起こった出来事と思われる。

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