手白神社の近くにある御堂です。明細帳や風土記稿などの資料には『日影堂』という名称の記載がありません。おそらく、村持の阿弥陀堂というのが当社に当たるのではないかと思います。
境内には嵐山町最大級となる『日影堂大日板石塔婆』があり、町指定考古資料となっていて非常に珍しいものになるそうです。真言宗の金剛界大日如来と日蓮宗の南無妙法蓮華経の七字題目を結合させて構成され、真言宗と日蓮宗の同信一結衆53人による集団によって、南北朝時代の暦応3年(1340)に造立されたといいます。
"宗派を越えて集団で造立した"というのがポイントで珍しいことなのだそうです。