とみぬしひめじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方富主姫神社のお参りの記録一覧
絞り込み

所在地:名取市閖上東2-13-1
主祭神:市杵島姫命
社 格:
創 建:
由 緒
江戸時代、塩場より製造した塩を幕府に献上するため、船で江戸へ運搬する途中、房州(千葉県南部)沖で遭難したとき、船頭たちが竹生島弁財天に祈願したことにより無事帰還できたという御利益に感謝し、竹生島弁財天を伊藤家(製塩業)に勧請し、塩場近くの沼に弁天島を作り氏神様として祀られたのが始まりとされております。その後も豊漁守護の御利益が数々あり、町中より参詣者が絶えないことから富主島(閖上3丁目、宮下橋付近)に御鎮座致しました。
伊達藩の貞山運河開掘などを機に一時冨主旅館へ御鎮座したのち、明治41年に湊神社へ合祀されました。大正9年閖上の住民によって日和山が築山されると、その山頂へ御鎮座致し今日に至っております。
平成23年3月11日の東日本大震災による津波によって御社が流失しましたが、平成25年5月に新たな御社が建立され、閖上の地を見守られておられます。


御祭神は市来島姫命。
江戸時代、塩場より製造した塩を幕府に献上する為、船で江戸へ運んでおりましたが、房州(現在の千葉県南部)の沖で遭難した為、船頭たちが竹生島弁財天に祈願したところ、無事帰還できた事から御利益に感謝し、竹生島弁財天を製塩業の伊藤家に勧請し、塩場近くの沼に弁天島を作り、氏神様として祀られたのが始まりとされております。
その後、豊漁守護の御利益が数々あり、町中より参詣者が絶えない事から富主島(現在の名取市閖上東1丁目と2丁目に架かる宮下橋付近)に遷座しましたが、伊達藩の貞山運河開掘などを機に一時冨主旅館へ遷座。
明治41年(1908年)に閖上湊神社へ合祀されましたが大正9年(1920年)閖上の住民によって日和山が築山されると、その山頂へ遷座されました(サイトより)
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ





























