あおいじんじゃさとみや
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清らかな沢の流れの近くに境内がある、延喜式神名帳記載の論社です。

崇神天皇の御代(紀元前97年~紀元前30年)の創建といわれ、今は奥社のある惣岳山の山頂に本殿が建っていました。明治の初めに現在地に遥拝殿が建ち、昭和九年(1934)に今の社殿が造営されました。

承平年間(931~938)平将門追討の命を受けた鎮守府将軍、源経基が多摩川の川べりに現れた童女から勝利を告げられたことで、この神社を信仰したと言い伝えられています。

青渭神社(あおい~)は、東京都青梅市にある神社。式内論社で、旧社格は郷社。祭神は大国主命。青梅市の惣岳山山頂に奥宮、その麓に里宮がある。奥宮近くに真名井という霊泉があり、その別名を「青渭の井」と呼ばれ、社名の由来となったと伝わる。
創建は不詳。社伝によると、崇神天皇7年、国中に疫病が流行し、天皇が各地の神々に疫病退散を祈念し、当社にも神地が寄進され祭祀を行った。平安時代の天慶年間(938年~947年)に源経基が社殿を造営したとされる。現在の社殿は江戸時代末期の1846年に再建。明治時代に入り、惣岳山の麓に拝殿を建立して遥拝殿としたが、現在では山頂の本社を奥宮、山麓の遥拝殿を里宮とし、例祭など神事は里宮で実施している。
なお、平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』には「武蔵国 多磨郡 青渭神社 小」と記載があるが、その論社は当社以外にも2社あり、府中市の「青渭神社」と稲城市の「青渭神社」がある。
当社は、JR青梅線・沢井駅の西北西1kmの、民家もまばらな山麓寄りの山中にある。境内はさすがの広さで、入口の鳥居から、数段高い場所にある社殿周りまで、のびのびと使われていて気持ちが良い。
今回は、武蔵国の式内論社として参拝することに。参拝時は週末の午後、参拝者は自分以外にはいなかった。
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青渭神社里宮の情報
| 住所 | 東京都青梅市沢井3丁目639 |
|---|---|
| 行き方 | JR沢井駅から徒歩15分 |
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