かもかすがじんじゃ
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こちらの神社も神職の方は常駐しておらず、隣の宮司様宅を訪問しなくてはいけません。まずは参拝から。元々は二社は別の神社でしたが、永正十四年(1517)子酉川(現在の笛吹川)の氾濫による大洪水で流失、その後も一度焼失したものを天正十一年(1583)再建時に合社されたとされます。御祭神は玉依姫命・神倭伊波礼否毘古命(神武天皇)・賀茂別雷命、天児屋根命・経津主命・武甕槌命の六柱で賀茂・春日両社の神々が祀られています。式内社・神部神社の論社の一つですが、創建は賀茂神社が先で、春日神社は山上億良の孫・甲斐守山上船主が京都より勧請したものです。式内論社の古社にもかかわらず、参道に建てられている燈籠には古いものは一つもない。鳥居の朱ははげかかっており池も干上がってしまっているのは残念でした。宮司様は平日は他の仕事を持っているようで、週末も外出が多いようです。連絡先が判らず、直接宮司様宅へ向かい呼び鈴を推すも応答なく、今回は参拝のみに致しました。
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社号からもわかるとおり、賀茂神社と春日神社を合せた神社。
賀茂神社は、欽明天皇の御代(五四〇)に創建。春日神社は、文武天皇の御代(六九八)、山上億良の孫・甲斐守山上船主が京都より勧請。
古来、武神として崇敬され、康平年間には八幡太郎義家が武運長久を祈願し御幣を奉納したという。
笛吹川の氾濫により社殿が流出し天正10年には兵火にあい焼失したが翌年、家康により再興され、貫文、朱印を下賜された。
式内社・神部神社の論社の一つ。『式内社調査報告』によると、幕末まで、当社の大例祭には松明をかかげ「シンギヨウ、チヤウヂヤウ、カンベ、チヤウヂヤウ」と唱えていたという。ただ、神部神社であるとする理由が、当社が加茂郷の地であり、加茂と神部が似ているということらしい。

【甲斐国 式内社巡り】
賀茂春日神社(かも・かすが~)は、山梨県笛吹市春日居町にある神社。式内論社で、旧社格は村社。祭神は賀茂社が玉依姫命(たまよりひめ)、神倭伊波礼否毘古命(かみやまといわれひ=神武天皇)、賀茂別雷命(かもわけいかつち)、春日社が天児屋根命(あめのこやね)、経津主命(ふつぬし)、武甕槌命(たけみかつち)。
社伝によると、賀茂社は欽明天皇の御代540年に創祀、春日社は文武天皇の御代698年に創祀。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「甲斐国 山梨郡 神部神社 小」の論社となっており、他の論社としては神部神社(甲州市)と神部神社(山梨市)がある。古来、武神として崇敬され、康平年間(1058年~1065年)には、八幡太郎義家が武運長久を祈願した。戦国時代の1517年に子酉川(現笛吹川)の氾濫により社殿が流出、1582年には兵火で社殿を焼失したが、1583年に徳川家康により貫文及び御朱印を賜り社殿を再建し合社となった。現在の本殿は江戸中期の1701年に甲斐国城代・三枝摂津守が建立、現在の拝殿は江戸末期の1862年に田安殿代官・磯部寛五郎が再建したもの。
当社は、JR中央本線・春日居駅の南方1kmの平地の住宅街の中にある。境内は樹木が少なく広々としていて明るい。社殿は大きく、境内社はおそらく1社と少ない。
今回は、甲斐国の式内論社ということで参拝することに。参拝時は休日の午前中で、他に参拝者はいなかった。
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賀茂春日神社の情報
| 住所 | 山梨県笛吹市春日居町加茂319 |
|---|---|
| 行き方 | JR中央本線春日居町駅から徒歩10分
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