みわじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方100年後に神社お寺を残せる未来へ
山梨県のおすすめ🎍
おすすめの投稿

美和神社(みわ~)は、山梨県笛吹市御坂町二之宮にある神社。国史見在社(式外社)、甲斐国二之宮で、旧社格は県社。祭神は大物主命。社宝の木造大物主神立像は国指定の重要文化財。
社伝によると、創建は景行天皇の御代、日本武尊により甲斐國造・塩足尼が大和國の大三輪神社から勧請したことが始まり。国史の初見は『日本三代実録』で、平安時代の863年に神階奉授の記載がある。ただし、927年の『延喜式神名帳』には記載がなく式外社となっている。のち一条天皇から「二宮」の号を与えられ、浅間神社(一宮)、玉諸神社(三宮)とともに、竜王の信玄堤(甲斐市)において甲斐国の水防祈念の祭儀を執行、その「三社御幸」は國内挙げての大祭であった(明治期まで毎年執行された)。中世になると、甲斐国守護の武田氏から崇敬を受け、社領や太刀・具足(武田信玄元服の具足)などの寄進を受けた。武田氏滅亡後、1583年に徳川家康から社領安堵を受け、伊奈忠次の検地で社領が確定した。明治時代に入ると、近代社格制度の下、県社に列格した。
当社は、JR中央本線・石和温泉駅の南東4kmの平地にある。境内北側に笛吹川の支流が流れている。現在の境内は東西に200mはあり広々としているが、500m東を通る県道の交差点名が「美和神社入口」となっていることからすると、かつては相当広い境内、長い参道であったと想像される。太太神楽の継承や平安期からの宝物の保存などから長い歴史を感じられるが、不思議なことに境内には古巨木がほとんどない。樹木自体が少ないため、境内はそのほとんどが空が抜け、明るくなっている。
今回は、一日甲府旅行の4社目、国史見在社、甲斐国二之宮、旧県社であることから参拝することに。参拝時は週末の午前中で、自分以外には参拝者は見かけなかった。
※境内には宮司さんの連絡が掲示してあり、電話をすると来ていただけるとのこと(ネット情報)であったが、当日は数回電話してもつながらず、ご朱印拝受は断念した...涙

境内東端入口から境内全景。古社の割には樹木が若く、本数が少ない。塀や玉垣がないので広々して見える。

鳥居は木製六脚鳥居で、笠木の反り具合は強め。新しそうな扁額には<美和神社>とある。境内中ほどまで、参道沿いに赤い幟がびっしり立っている。

境内・文化財
境内・文化財をもっと見る|歴史
景行天皇(12代天皇、日本武尊の父)の時代、甲斐国造(甲斐国を治めていた豪族、くにのみやつこ)の塩海足尼(しほのみのつくね)が、大和国の大三輪神社から勧請したとされる。甲斐国二宮。
美和神社の基本情報
| 名称 | 美和神社 |
|---|---|
| 読み方 | みわじんじゃ |
| 参拝にかかる時間 | 広くないので5分もあれば十分かと思います |
| トイレ | あり ○ |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
詳細情報
| ご祭神 | 大物主命 |
|---|---|
| 文化財 | 木造大物主神立像(国指定重要文化財)、板絵三十六歌仙図(県指定文化財)、白糸威褄取鎧(しらいとおとしつまどりよろい、県指定文化財)、朱礼紅糸素懸威胴丸佩楯付(あかざねべにいとすがけおどしどうまるはいだてつき、県指定文化財)、太々神楽(県無形文化財) |
| ご由緒 | 景行天皇(12代天皇、日本武尊の父)の時代、甲斐国造(甲斐国を治めていた豪族、くにのみやつこ)の塩海足尼(しほのみのつくね)が、大和国の大三輪神社から勧請したとされる。甲斐国二宮。 |
ホトカミのデータについて
ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。
ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。
周辺エリア
山梨県のおすすめ🎍
美和神社に関連する記事
おすすめのホトカミ記事
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ



















