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楽しみ方不動院(東光寺)のお参りの記録一覧
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茨城県 稲敷市 江戸崎 に境内を構える、東光寺 江戸崎不動院、名僧 天海僧正ゆかりの寺院で知られる、正式名称は 醫王山 不動院 東光寺、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼しております 2024.に 北関東不動尊霊場にて参拝致しました、寺院対応は 親切で快く対応して下さり、また訪れたいと思える寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 醫王山、院号は 不動院、寺号は 東光寺、宗旨 宗派は 天台宗、ご本尊は 不動明王、北関東三十六不動尊霊場 第三十番札所 願満不動尊、承和三年(836)慈覚大師円仁により開山され、文明二年(1470)幸誉上人の中興で「不動院」として華ひらいた。しかし、先に言って華そうな由緒とはこの後の事である。
天正十八年(1590)江戸崎城主・土岐治英が佐竹義宣と戦って滅び、中興後しばらく荒廃を続けていた不動院も大きく変わったこととなる。すなわち、新しく江戸崎城主となった芦名盛重が、翌天正十九年(1591)天海僧正を迎えて不動院を再興したのだ。
南光坊・智楽院・天海。その名は徳川家康の知恵袋として「黒衣の宰相」とまで呼ばれたことで、あまりにも有名である。家康の没後も秀忠・家光を補佐して幕政全般にわたって権勢を振っている。慶長7年(1602)家康は佐竹・芦名両家を移封し、
江戸崎を幕府直轄地とし不動院に朱印地百五十石を与えた。天海が不動院にあること前後17年、徳川家はこれを手厚く保護し、関東八ケ壇林筆頭、最高寺領八百石、十万石の格式をうけ、寺は隆盛をきわめた。
現在、不動尊院では「六算除け」のお札が入手でき、民間信仰として人気も博しているが、この「六算繰出表」も実は天海僧正の作となるもの。明治9年(1876年)仁王門と不動堂を残し、本堂以下を焼失。以後百年は仮堂に本尊を安置する不遇の時が続いた。しかし、類焼を免れた仁王門には、往時を彷徨わせると仁王像が安置されている。松材の木心乾漆彩色像で、玉眼嵌入の丈六仏、関東最大の巨像である。本尊も信長焼打ちまでは比叡山 無動寺にあった、慈覚大師、円仁作の不動明王及び両童子像というから、その霊験はあらたかといえる

北関東三十六不動尊霊場🌅
今年中に満願しちゃおう企画🈵
題して「ハッスル巡礼36」第26弾‼️は
第三十番巡礼場の天台宗江戸崎不動院へ🙏
もちろん御本尊は不動明王様☀️
とても古風な寺門が歴史を物語っています。
聖なる境内に邪気が入らぬ様睨みを効かすは仁王様。
こちらもとても古そうで歴史を感じざるおえません。
関ヶ原合戦後、徳川家康公の右腕として仕えた
天海大僧正が関東入封の際に住職となり再興しました。
その後、家康公、秀忠公、家光公と三代将軍の
相談役として活躍。
天海大僧正がいなかったら徳川統治システムは
出来なかったとされております。
徳川政権の礎を築き、泰平の世を作った偉大な人物の
出発点であります🫡
またまた徳を積む事が出来ました⭕️
本日の徳々ポイントは御朱印料300Pと天海大僧正⭕️
明智光秀=天海大僧正説👍
あなたの隣にハッスル巡礼🈵
楽しくお参りハッスル巡礼🈵
しあわせ降臨ハッスル巡礼🈵
せ〜の〜
ハッスル🌈ハッスル🌈
御不動様☀️
本日もお導き下さり
ありがとうございました😊

医王山 不動尊院 東光寺
平成31年に参拝しました。
ご住職に仁王門の仁王像は関東最大級とお聞きしました。
金網越しですがとても迫力ある仁王像を拝見できました✨

北関東三十六不動尊
第三十番
医王山 不動尊院 東光寺
「願満明王」
御詠歌:
人の世の 願いを満たす 不動尊
ここ江戸崎に 伝う護摩の火
北関東三十六不動の納経帳にいただいた御朱印です。

御朱印とあわせていただいた御影です。
千葉県のおすすめ3選🌸

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