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ほうじょうづはちまんぐう

放生津八幡宮
富山県 東新湊駅

御朱印について御朱印
あり

右に天平十八年大伴家持卿創建の古社、真ん中に奈呉乃浦大神と書かれ、放生津八幡宮の社印、左下に総社八…

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御朱印帳
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パーキング
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のぶさん
のぶさん
2021年10月25日(月)1661投稿

郷土出身の偉大な詩聖、牧野茂(鉄篴(てつてき))が昭和14年に当宮に奉納した漢詩文に「東は太刀山の連峰を仰ぎ、北は日本海の蒼波に枕(のぞ)み、右に海龍湖あり、左に射水川あり・・・」と歌った。その景勝地が当宮周囲の風景である。万葉の昔、越中国守・大伴家持が「あゆの風 いたく吹くらし奈呉(なご)の海人(あま)の 釣りする小舟 漕ぎ隠る見ゆ」と万葉集に歌ったように、奈呉の浦に面している。また、「湊風(みなとかぜ) 寒く吹くらし 奈呉の江に 妻呼び交わし 田鶴(たづ)さわに鳴く」と歌ったように越の潟(こしのかた)に隣接していた。奈良時代から海人の集落があり、漁業が行われていたことが万葉集から窺える。当宮は、その奈呉の地に、越中国守大伴家持が、宇佐八幡神を勧請し、奈呉八幡宮として鎮座された。この地域は、当宮の放生会に由来し、放生津と呼ばれるようになった。鎌倉時代の古文書に放生津(ほうじようづ)の名が見られ、鎌倉時代には地名として定着していたことが分かる。鎌倉時代に、放生津に守護所が置かれ、越中国の武家政治の中心地となった。鎌倉期以来、放生津は港町として栄え、近世に至っては、北前船の交易でも栄え、漁業とともに繁栄した。

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放生津八幡宮の情報

住所富山県射水市八幡町2丁目2−27
行き方

放生津八幡宮の基本情報

名称 放生津八幡宮
読み方ほうじょうづはちまんぐう
御朱印あり

右に天平十八年大伴家持卿創建の古社、真ん中に奈呉乃浦大神と書かれ、放生津八幡宮の社印、左下に総社八幡宮の印が押されています。
射水市指定文化財の木彫の大狛犬がデザインされた御朱印帳があります。

限定御朱印なし
ホームページhttps://www.houjyoudu.com
絵馬あり
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