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しょうごんじょうどじ|真言律宗朝日山

荘嚴浄土寺のお参りの記録一覧
大阪府 住吉東駅

1〜20件20件中
nomuten
nomuten
2025年07月05日(土)1424投稿

今日は大阪府内の寺院巡りです。
先ず1寺目は、大阪市住吉区に在る朝日山 荘厳浄土寺です。
真言律宗で、本尊は不動明王。
この本尊・不動明王立像は府指定文化財です。
他に所蔵の愛染明王坐像も府指定文化財で、興正菩薩叡尊坐像は市指定文化財です。

上記の文化財指定の仏像を拝観させて頂けるのかわからなかったため事前にTelした所、奥様?が出られて「住職に訊かないとわからない、現在不在。」との事で再度掛け直す積もりがバタバタしていて架電出来ず、駄目元で訪れました。

創建は平安時代中期~後期頃と考えられているが不詳。1084年に住吉神社の第39代神主・津守国基により天台宗の寺院として再建。その際に土中から「七宝荘厳極楽浄土」銘の金札が出てきたため寺号とした。その後の1260年に西大寺を復興した叡尊(興正菩薩)の中興により西大寺の末寺となり真言律宗に改宗。近年、寺領没収(元は800m四方だった)や廃仏毀釈にも耐え、現在に至ります。

境内西側の入口から入らせて頂き駐車。マイルール通りに一旦境外に出て南側の山門から(そんなの意味無いじゃんと言われるかもしれませんがマイルールなのでご勘弁)。
山門の左側に地蔵堂がありました。山門をくぐると地藏堂の裏側に稲荷社。正面に本堂。本堂の手前左側にお堂がありましたが、すりガラスのため中が見れず堂名は不明です。(訊き洩らした)
本堂は18世紀前半の建立と考えられる市指定文化財の立派な建物です。堂内には入れませんが正面の格子部分が開けられていたので堂内を覗いてみました。暗いので細かくはわかりませんが、中央に本尊の不動明王立像(府指定文化財)、右側の壇に愛染明王坐像(府指定文化財)、左側の壇に観音立像が祀られていました。(観音立像は鼻から上が幕に隠れて見えず、十一面観音か聖観音か区別出来ず。)
傘が逆さまに置かれていましたが雨漏りがある?
本堂の真裏に阿弥陀堂がありました。建物は新しく、こちらで檀家さんの年忌法要等を行うのでしょうか?入口の上に弘法大師、地蔵大士、阿弥陀如来、十一面観音、興正菩薩と書かれた額が掲げられていましたので、市指定文化財の興正菩薩叡尊坐像はこちらに安置されていると思われます。
本堂横に納経所がありましたが閉まっていましたので呼鈴を押して御朱印をお願いしました。
頂いた御朱印は摂津国八十八所第35番でしたが、とても大阪・兵庫の88ヶ寺は巡れないですね。

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四季
四季
2023年02月21日(火)561投稿

荘厳浄土寺

~✴ぼさつの寺めぐり御朱印拝受✴~

山号  朝日山
宗派  真言律宗
御本尊 不動明王
創建年 天慶年間(930~946年)頃
再興  応徳元年(1084年)
開基  不詳
再興  津守国基、白河天皇(勅願)

札所等
摂津国八十八箇所35番
ぼさつの寺めぐり

文化財
不動明王立像・愛染明王坐像(府文化財)

現在の堂は、江戸時代前期の天和2年(1682年)の再建。

明治時代に廃寺となった住吉神宮寺(天平宝字2年(758)創建)・津守寺(廃寺)・新羅寺(荘厳浄土寺)住吉の三大寺に数えられていました。
明治初年、神仏分離令により廃絶、多くの著名な秘仏も散逸しましたが、そのうち西塔は徳島県切幡寺に売却、移築され現存し、今に伝わる住吉踊りは、ここの僧徒により広められたものといわれます。
こちらの山門も、その『新羅寺』から移築されたと伝わります。また、山門前には村上天皇が詠まれた歌碑があります。

津守 国基(つもりのくにもと)
平安時代後期の貴族・神官・歌人。住吉神社神主。

御本山「西大寺」手ぬぐいまで頂戴できました。また、2月だからでしょうか? 阿弥陀堂にて素晴らしい「涅槃図」の掛け軸を拝ませて戴くことができました。

🐈‍⬛にゃんも元気そうでよかったです。🐈‍⬛🐈‍⬛🐾🐾🐾
嬉しかったです。ありがとうございました。

⛩️ 住𠮷大社近くです ⛩️
🪷🐈‍⬛🌎💐🪷
大阪市住吉区帝塚山東5-11-14

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四季
四季
2022年12月17日(土)561投稿

朝日山 荘厳浄土寺

~ネリネボウデニーと猫ちゃん 🪷🐈‍⬛~

山号  朝日山
宗派  真言律宗
御本尊 不動明王
創建年 天慶年間(930~946年)頃
再興  応徳元年(1084年)
開基  不詳
再興  津守国基、白河天皇(勅願)

札所等
ぼさつの寺めぐり
摂津国八十八箇所35番

不動尊御詠歌
いそげゆけ 朝日に輝く 浄土寺
ごまの煙を 今にたなびく
南無不動尊

文化財
不動明王立像・愛染明王坐像(府文化財)

現在の堂は、江戸時代前期の天和2年(1682年)の再建。
明治時代に廃寺となった住吉神宮寺(天平宝字2年(758)創建)・津守寺(廃寺)・新羅寺(荘厳浄土寺)住吉の三大寺に数えられていました。
明治初年、神仏分離令により廃絶、多くの著名な秘仏も散逸しましたが、そのうち西塔は徳島県切幡寺に売却、移築され現存し、今に伝わる住吉踊りは、ここの僧徒により広められたものといわれます。
こちらの山門も、その『新羅寺』から移築されたと伝わります。また、山門前には村上天皇が詠まれた歌碑があります。

津守 国基(つもりのくにもと)
平安時代後期の貴族・神官・歌人。
住吉神社神主。

御住職にお会いできましたが、御朱印は拝受できませんでした。柔和でご立派な和尚さまで、阿弥陀堂に上げて頂きお参りすることができました。
可愛らしい🐈‍⬛🐈‍⬛🐾🐾で、幼稚園くらいかな?
ずっと見ていました。

ありがとうございました。

この後、『ごまの煙』の油かけ地蔵尊
を記録させて頂きます。

🪷 住𠮷大社 Fabulous  🪷🐈‍⬛🌎💐🪷

大阪市住吉区帝塚山東5-11-14

荘嚴浄土寺の手水舎
荘嚴浄土寺の自然

ネリネ・ボウデニー
ヒガンバナ科
どっぴんく(花瓣大きく濃桃色)💐で
12月開花します

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