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かんえいじしのばずのいけべんてんどう|天台宗東叡山

寛永寺不忍池弁天堂のお参りの記録一覧
東京都 上野御徒町駅

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らんでぃー
らんでぃー
2026年05月30日(土)394投稿

麗らかな春の陽気に誘われ、上野恩賜公園に散歩に出かけました。 ソメイヨシノはまだ満開とはいかないまでも、早咲きの桜がほころび始め、その淡い色を楽しむ花見客で公園は活気に満ちていました。 不忍池辯天堂は寛永中期(1630年代)に寛永寺を開山した天海(てんかい)によって創建されました。 天海は「見立て」(「写し」)という手法を用い、天然の池であった不忍池に中之島を築き、琵琶湖に浮かぶ竹生島の宝厳寺に擬えて辯天堂を建立しました。 不忍池辯天堂は、まさにこの「見立て」を象徴する存在といえます。 参道には多くの露店が立ち並び、今日一番の人込みとなっていました。 賑わいの中を進みながら、嘗ての参詣の風景もまた、このように活気に満ちていたのだろうと想像します。 上野の山には、他にも清水観音堂や寛永寺など、京都や比叡山を意識した伽藍が配置されています。 清水観音堂は京都・清水寺を模した懸造であり、寛永寺は天台宗総本山・延暦寺の見立てとして造営されたとのことです。 天海は常に平安京(京都)と比叡山との関係をを念頭に置き、江戸に「もう一つの京都・比叡山」を築こうと構想していました。 その思想は、現在の上野の景観に色濃く残っています。 辯天堂で手を合せると、天海が思い描いた世界がふっと心に触れるようで、静かな余韻を抱いたまま、次は清水観音堂へと歩みを進めました。

寛永寺不忍池弁天堂(東京都)

寛永寺/不忍池辯天堂・参道

寛永寺不忍池弁天堂(東京都)

寛永寺/不忍池辯天堂・弁天堂(八角堂)

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